ども、です。
昨日は、MTVの追悼番組を夫婦二人で観てました。
改めて、彼のパフォーマンスの凄さに「やっぱり希代のスターだよ・・・」とぽつりと私は呟いていまいた。
「JAM」のPV。
あの、マイケル・ジョーダンが出ているので有名なPVです。
そのバスケ界のキングであるマイケルは、アーティストのマイケルより、当然バスケが巧い(改めて書くことじゃないけれど)。
だけど、ダンスを教えようとしているアーティストのマイケルの前では、流石のジョーダンも「あり?」という表情。
それらを交互に見せる演出。
そして、最後にまたカウントを数えながら、ダンスを一生懸命教えるマイケルについて行こうとするジョーダンの姿・・・そのまま、二人の弾けたような笑い声で画面からフェードアウト。
訃報を聞いてから何度も涙したのですが、それを観ながらやっぱり泣いていました。彼の笑顔、楽しそうな声に・・・。
(私の中に、どれだけ涙成分があるんだ?と想うぐらい、泣いてますよね・・・。いい年してちょっと恥ずかしい気持ちもします・・・(赤面))
自分のことを「ボクは皿の上のスパゲティなんだ。みんながボクを食べていく」と言わしめてしまったことを、彼に近しい人たちはどう想っているんだろう・・・。
勝手に決め付けるな、と言われそうですがやっぱり・・・ジャクソンファミリー(アーティストグループではなく、文字通り「家族」の意味で)は、機能不全だったように思えて仕方ありません。
彼の所謂奇行といわれた行動も、あの金銭感覚の異常さも、以前の記事にも書きましたが「満たされない自分」を満たすための行為に見えるのです。
穿ちすぎでしょうか。
彼自身は「お金には固執しない性格なんだ」と言っていたらしいのですが、固執しないのではなく、大人であれば、ちゃんとあるべきである金銭感覚が欠落していたのでは、と思うのです。
それも、当人は全く気付いていない。
自分個人に対してはストイックであった彼。
あのネバー・ランドも彼の夢ではあったけれど、子どもたちを楽しませたい、という気持ちの方が大きかった。
満たされなかった自分の子ども時代を、現実の子どもが楽しんでくれることで疑似体験したかった。
こんな哀しい想いはないと思うのです。
私、美化しすぎかな・・・。
その、彼の「無くした子ども時代」の元凶である父親について私は疑問に思っていました。
マイケルだけに限らず、兄弟たちの音楽センスがある、と知った時に父親が「これは、売れる!」と思った話は有名ですよね。
うーん、確かに当時は貧困だったでしょうし、家族助け合っていくのも当然と言えば当然なのかもしれない・・・。
私が想ってることは綺麗事なのかもしれないけれど、だけど・・・単純に「子どもたちの才能を見守る」親であって欲しかったと想うのは・・・偽善でしょうか。
・・・日本という恵まれた場所に産まれた私には、彼の親に対して語る権利など、当然ないでしょうね。
本当の「貧困」を知らないのですから。
・・・・・・・・だめだ。
話が飛び回ってます。
誰が亡くなっても、この世界の時間が止まることはない・・・つまり、きちんと明日は来るし、仕事をもっている方はちゃんと仕事にいってらっしゃる。
私は多分、今の打ちのめされすぎている自分にイライラしているのかもしれません。
寝込むほどのショックを受けた自分に。
なんて弱いんだ、と。
すみません、こんな自己嫌悪記事をだらだら読ませてしまって・・・。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
まだ、動揺が収まっていない自分が歯がゆいです。
それも、身近な元の家族のこととかと関係なく、世界のスーパースターのことにこれほど拘ってしまって、混乱してる私をどうぞ長い目で見て下さい。
今後ともよろしくお願いします・・・。
それでは・・・<(_ _)>