ども、です。


久々に、本文?を書きまする。

いやはや・・・中々しんどいっすね(^^;)。過去話っていうのは。


とにもかくにも・・・どうぞお読み下さいませ<(_ _)>


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話は少し戻りますが、私が小学生の頃、休日、父と二人きりになると部屋に篭るというのは頭になくて、テレビを観ている父にお茶を入れたりしていたことがあります。

が。

何が苦痛だったかというと、「会話」がないんですね。

父に悪意は無かったと思います。

ただ「子ども向きの会話」が判らなかっただけだったのでしょう。

私たち子どもの交友関係も知りませんでしたし、子どもの出す話題に乗ってくることもありませんでした。


幼かった私は、余りの緊張状態を母方の祖母に話してしまったことがありました。

そして、それはそのまま父に筒抜け。


いい気分では無かったでしょう。

と、自分の「今の年齢なら」判ります。

けれど、本当に不器用で昔の「男」である父は、なんとか子どもに寄り添うよう、頑張ってくれました。

そしてまた、私は父が自分を好いてくれるように、どんどん大人ぶっていったのです。


けれど、そんな私の姿は父にとっていけすかない姿としか写らなかったようです。

ある日、父が母に話しているのを聞いてしまったんです。


「どうしてアイツ(私)は、自分以上のモノを見せようとするんだ?可愛げがないなぁ」


真夜中のことでした。


私はショックでショックで、そして恥ずかしさで消えてしまいたい、と想いました。


ただ、何故かは判りませんでしたが、父の本音を聞いたことを知られてはならない、と思ったことは覚えています。

・・・なんでだったんだろ?

ん~~・・・書きながら記憶の糸を辿っていくと、そうですね、私の前では言わなかったこと=父は自分の本音を娘には聞かれたくなかったであろう言葉を(こんなトコで大人ぶらなくていいのに<当時の自分)「私、可愛くないの?」と父に真っ向から聞くのが申し訳なかった、と思っていたみたいです。


うーん。

父よ、正しいです。

確かに私は可愛げが無かった。


そんな私も成長していきます。

メディアや、読書で自分の知識を増やしていきました。


気がつくと、父と会話をすることが増えました。

私は女ですが、出来る限り感情的にはなりたくない、という想いが人格に強く加わってきていました。

その部分を抑え(というか、当時は嫌悪してました(^^;))ていればいるほど、父と会話が出来るようになっていったのです。


母は、物凄く感覚的で、感情的でした。

兄は・・・自分では理性で生きているつもりでしたが、私から見ると充分感情的でした。加えて、思春期以降、彼は頑固になっていっていました。

全て否定から入る。私の兄への印象は今でも変わりませんし、実際そうです...l||li_| ̄|○il||l ナンダカナー。


私が成人してからだったか、まだ学生だったか覚えてませんが、父と二人で買い物に行くことが増えました。

何せ、母は自分の外交(^^;)に夢中です。

兄は最初の一人暮らしを始めた頃だったかな?覚えてないなぁ。


で、父と一緒の買い物というのは、つまりは食材の買出しです。

父は料理が好きでした。

私は、「おふくろの味」より「おやじの味」を教わってきたのですね。

以前にも書いた、魚の鮮度の見極め方も父に教わりました。

煮付けも、母より巧くなってしまいました。

これには、母はいい顔をしていませんでしたが(私に対して)、毎日の食事作りを放棄した人に言われたかねー、と想ってました。


ここまで書いて想うのは・・・父は私を娘と見てはいましたが、どこか「同志」として見ていたように思うのです。

母が傍らにいない寂しさがあったであろう父に、更に寂しい想いは出来るだけさせたくなかった。


私の浅はかな、こういう想いが母の嫉妬を生ませるだけと知るのに、時間はかかりませんでした。


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ヘンな家族。


というか、私の両親は、やっぱり「親」ではなかったのかな?と書けば書くほど想います。


それでは、本日はこれにて~ヾ(´・ω・`)