ども、です。


早速ですが昨日の続きです。

変わらず自虐的なので、不快に思われる方はどうぞスルーして下さいませ<(_ _)>





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遺伝子レベルの怖さ、というと「大袈裟だなぁ(苦笑)」と言われると思います。

でも、私が子どもを作りたくない、いえ、欲しくない、と決めたのは中学の頃なんですね。


※うーん、私のホントウの気持ちのターニングポイントって中学時代に作られたみたいだな、うん。


母の性格は、当然良く判ってる。

母方の祖母の性格も、週に一回は必ず逢っていたし存分に判ってる。

祖父は、昔ながらの商売人。女に学はいらないと言い放つタイプ

父の性格は・・・ん~、中学の時にはまだよく判らなかった。

父方の祖母の性格は、しょっちゅう逢っているわけじゃなかったけれど、私と兄とを露骨に差別していたので、察して余りある性格だったなぁ。

自分の息子を取った嫁、と母を憎んでいて、同じ性別の私をあからさまに嫌ってました。

祖父は、私が生まれた頃には亡くなっていたので判りません。が、ギャンブル好きだったそーです。


で。


理科の授業かなんかで、メンデルの法則ってのを習いますよね?中学の時。

私、その授業を聞いて本気でおぞげだったんです。


当時、すでに自分が何か異質である、ということを自覚していた自分にとって、遺伝の初歩を聞いただけで、耳を両手で塞いで叫びたくなるほどの恐怖を持ったのです。


勿論、遺伝情報だけで人間の個性は出来上がるわけではないし、環境によって人は作られていくというのは今では判っています。

中学卒業後、色んな本を読んで自分の考えがどれだけ頓珍漢か判っていたけれど、私が怯えていたのは、自覚なしに「母に似た考え」が、子どもを産んでから出てきてしまったらどうしよう、というものだったのです。


事情を知っている友人はそれを否定してくれました。

パソ通をしている時にも、その仲間からも「反面教師になればいいよ」と言ってくれました。


でも、私は自分で思い込んでいたんです。

私は、母と同じことをしたくない、といいつつ全く同じ、いえ、それより強く子どもを溺愛するであろうと。


何故、そう思い込んでいたか・・・。


祖母と母がそうだったからです。


祖母は、母を本当に溺愛してました。

唯一の娘だったからかもしれませんが、着るものから何から何まで、自分の小遣いを駆使して母のためだけに使っていました(これは、母の自己申告なので間違いないでしょう)。


母は、祖母からの愛情を一身に受け、当時私が母の友人だったら「何、こいつ」というぐらい、気位が高い娘になっていたようです。


女に学はいらない、という祖父をなんとか説きふせて、母はその当時珍しく短大を卒業し、卒業後は教師を少ししていた、とのこと。


母にとっての自慢でした。

母の自慢は、祖母の自慢であり、祖母は私のことをしばらく母2号として見てました。

(このあたりは、父方の祖母と変わらないか)


私が反抗期に入った時から祖母の母自慢が、私には聞き難くなってました。

祖母にとっては、娘が結婚してすでに人の親であるのに、未だに「私の可愛い娘」だったのです。

母は、それを疑問視もせず、むしろ当たり前のように受け取ってました。


私自身、今の年齢になってよく判ります。

祖父母は長男夫婦と同居してました。

そこに、しょっちゅう小姑が出入りしているんです。

生意気な姪(私)も連れて。


時代的には、内孫、外孫で差別される時代でしたから、お嫁さんがどれだけ面白くなかったか・・・。

長男というだけで、同居させられ、自営業も継がされていたのに財布の紐は祖父のもの。

そんな長男嫁さんに感謝して余りある、と私は高校ぐらいから思うようになってきました。



そうこうしているうちに、私が自分の母だけど、好きじゃない、という話をしにいくようになってました。

隠居している祖父母に逢いに行ったわけじゃないです。おばさんに逢いたかった。

数週間に一回、既に私には「遠慮しなくちゃな」という気持ちがあったのですが、どうしてもまっすぐ家に帰りたくない時に、店に拠り、母とどうしてもうまくいかないことを相談していました。

それが、おばさんの警戒心を解いたのだと思いますが、ある時期からおばさんも堂々と祖母や母に関する愚痴を言ってくるようになってきました



母や祖母のわけの判らない愚痴を聞くよりは、全く平気でした。


そこには、「血のつながり」が無かったから。

お互いに「・・・大変だけど、なんとかやっていこうね」と親近感が沸くぐらいでした。


さて、祖母は電話魔でした。

私が子どもの頃から、長男嫁に対しての愚痴を母によくしていました。

次男嫁に対しても、同じように愚痴をこぼし「あんたみたいにもっと気をきかしてくれたらなぁ」と母といつも比べ、母はその度にまんざらでもない顔をし、祖母の電話に付き合ってました。


所謂、ピーナッツ母子による嫁いびりです。

実際には何もしていないけれど、祖母と母との愚痴愚痴電話は、私には充分嫁いびり・・・うーん、嫁批判に見えました。


そして、何が驚くって、散々、お嫁さんたちの悪口を言っていたその口で「私は、人の悪口や陰口は好きじゃない」と豪語する母と祖父母の面の皮の厚さでした。


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うぅ・・・まだ本題に入れない(^^;)

今日も長くなってしまいました。


終わるのかな?これ。


とりあえず、書けるとこまで書きます。


ここまでお付き合い下さってありがとうございました<(_ _)>


それではヾ( ´ー`)