ども、です。


ココロの引継ぎノートですけれど、完成してません(^^;)


というか、「優しさという名の束縛」シリーズ(?)を下敷きにすればいいかな?と思ってます。

思いもかけず、当初の気持ちが吐き出せたことは、結果的に本当に良かったことなんだと思うと同時に、書く力を与えてくださった皆様に感謝です<(_ _)>(今後はムリはしないよう、ぼちぼち書いていきます<(_ _;)>。声が出ないとホントに不便であります。声が出なくなったのは実はこれで三回目だったりする。キャパ、狭いです、ホントに・・・)



次に出逢うカウンセラーのセンセがどういう方なのか、判らないけれどもとにかく気負わずに行きたいですね。


ところで・・・。困ったことに、ここ数回のカウンセリングは泣いてばかりです(や、あーた、いつも泣いてるでしょ、と突っ込まれてしまうかな(^^;))。



勿論、ブログに書いたこと、声が出なくなったこと、もろもろを話し(含む筆談)正直なところ、実生活ではぐるんぐるんと、脳みそ溶けてました、というような話をしていたのですけれど、結局はセンセとお話する時間が無くなることがやっぱり哀しくて、切なくて、カウンセリングルームでは泣かないようにしても、病院の駐車場で泣いてたりしてました。


あまりの喪失感にまたもや「やっぱり私はセンセに依存してるのか!?」と不安になったのですが、実際にセンセに依存してるかどうかは、センセが去ってから判るんじゃないかな、と思ってます。

というか、まだいらっしゃるのに「喪失感」て、やっぱり頼りまくってるなぁ。



私にとって、実際に行われている今の「カウンセリング」は(改めて語ることでもないのかもしれませんが・・・なんとなく)過去の出来事、当時の自分が自分の中で「は~い(ヘーベ○ハウス風)」と出てきて、これからもっと自分を掘り下げて行く一日であり、日常の問題と切り離し、カウンセリングの時だけは、自分のことだけを考えられる大事な一日なのですね。

センセは語る私にとっての見えない杖だったり、見えないガードレースだったり私の不安感を取り除ける人だったんです(それが、仕事の一環なのでしょうけれども(^^;))。

だからこそ、私は語ることに専念出来たわけでして。


で、正直言えば「これから!」だったんだと思うのですね。

長年カウンセリングを受けてきて、気持ち的に「やっと筋道が通る話が出来そうだ」と、長い間の地ならしが終わったような、そんな気持ちになった時にセンセの異動を聞いたわけです。


だもんで、診察中は、出来るだけ普通に話しているつもりが、いつも以上に話は飛びまわってるし、声が出てなかった時は、筆談だったので、今度は逆に冷静だったり・・・。

ちょっと、いや、かなり不安定かな?


今は過去の出来事をセンセと話し、病院に保管するカルテではなく、対新しい先生用への「私からの引継ぎノート」としてまとめて下さってます。

正直、本来のカルテと二重書きになる、と思って(自分で書く、と言っていたのは誰だ!私だ・・・うぅ)申し訳ない旨をお話したのですが、センセご自身が「私も、今のあーちゃんさんの時期にどうして、という気持ちが強いので、気にしないで」と仰ってくださったので甘えてます。


てか、この文章も酷いもんです(^^;)


やっぱり、おろおろしてますね。ココロがざわついて、というかざらついてます。



なんだか、文章に違和感あります・・・。けど、何度読見直しても、どこをどう直せばいいのか、すでに頭がぐるぐるうねってます(^^;)ので、このままUPだ!



すみません、なんだか中途半端で。


それでは、本日はこれにて~ヾ(;´ー`)


PS

やっぱり、思い出しながら、記事を書くのは難しい・・・下書き保存した時はまだマシだったような・・・。え?あんまり変わらない?

あははは、そーかも。      l||li_| ̄|○il||li シクシク