

ブログネタ:
あなたの「負けたくない」ことって?
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本文はここから
勝つのは、誰だ。勝利とは、何だ。
うぉ!↑が大きい(^^;)
ども。
ブログネタが届いたので、書いてみます~。
うーん。勝ち負けというのは、あんまり好きなカテゴリ分けじゃないんだけれども、だからと言って「お手手繋いでみんな一番~♪」というような、最近?(今はないのかな?)の幼稚園とかの運動会みたいな、よく判らない平等主義もどきでもないからなぁ。
負けたくない!と最後に思ったのはいつだろう?
こーいう病の場合、頑張りはある程度いいと思うのですが、頑張りすぎてしまうことが大半で、そこらへんの按配が巧く使いこなせるようになるのが目標なのですね。
だから、「負けたくない!」と強く思ったことは・・・過去に遡って、今の自分から見てみましょうか・・・(^^;) ドキドキ
ん~っと。
勉強で負けたくない・・・別にどーでも良かったなぁ。だって勉強、嫌いだったから ヽ(゚◇゚ )ノアヒャ
運動で負けたくない・・・あ、あった。
今はどうだか判りませんが、学生時代は体育と音楽は確実に5段階の5以外は取ったことありませんでした。いや、マジで。
で、今回は高校時代の体育の時のお話なぞ・・・(なんかしょぼいなぁ(^^;))。
運動神経はあった方だったので、平均台を使っての授業がありまして、みんなが手をついて鉄棒の要領で平均台に上るのを見てました。
が、どーいう自信があったのか、判らないけれど当時の自分は体操選手になったつもりでいたのか、目で距離と高さを測り、ロイター板(跳び箱で使う踏み切り板)も自分で調節。
頭の中で成功するイメージを作ってえいや!飛んで足から着地を試みたのですが、見事成功!(・_・)v。
クラスメートの「おぉぉ!」という感嘆の声に平然としてましたが、内心「で・・・でけた・・・」と心臓がバクバクしてました(^^;)
見栄っ張りだったんですね~。性格悪いですねぇ~(^^;)
んで、更に平均台の端から下りる時、前方回転で下りちゃいました。
これも成功したからいいものの、下手すりゃ怪我してたと思います(^^;)。
あ、私以外にも数人、同じように出来たクラスメートは当然いました。
ただ、私は美術部の幽霊部員。実際は帰宅部で、あとはみんな体育会系のクラブのコ。
だもんで、余計に自分の中で「やるじゃん、私」といい気になってたのですな。
ところが、鼻が高くなってた私に、お空の誰かさんが「えーかげんにせ~よ」と思ったのでしょうか。
痛い思いをしましたです、はい。
続いての授業は、マット運動でした。
その時、一人のクラスメートが前転跳びに成功。
ピノキオもまっつぁおなぐらい、自分の運動神経に過信していた私は、自分の順番になって「よっしゃ。私もやるで~!」と颯爽と走り、勢い良く・・・失敗しました(苦笑)
前転跳びは、手をつく位置まで勢い良く走り、タイミングよく一旦跳び、走ってきた勢いを消さず、三歩使い、手をつく。で、後ろ足を振り上げ、身体全体が弓のように反り、一瞬空中に全身が浮かんで足で着地するものです。
それが、まっっっったく判って無かった私。
思い切り背中をマットに打ち付けました。
ありゃ~、痛かったです。今でも覚えてますもん、その痛み。
一瞬息が出来なかったです( ̄∇ ̄;)
で、そこで諦めればいいのに、出てきちゃったんですね。「このまま出来ずに終わるなんて、ヤダ!」という負けず嫌いの想いが。
他の勉強は出来てなかったので、得意の科目で情けない姿を見せたくなかったという本音もありましたね(^^;)
で、出来てるクラスメートを観察。
そのクラスメートが軽々しているのを見て、足りないのは上記のことだな。と自分が今出来てなかったことを把握。
そして、再度挑戦!
内心バクバク。
でも・・・出来ました(・_・)v。
その時、諦める、という考えはありませんでした。
というと、いいコトのように見えますが(・・・そうかな?ん??ま、いーか(^^;))ただ単に自分の運動神経の良さを見せびらかしたかっただけだと思います。
つか、必死に繕っていたのかなぁ??(遠い目で考えてみる)
当時は、自分が負けず嫌いなんだ、と思っていましたが、今思うと周囲に自分を良く見せたい、という自己顕示欲の強さだけだったんだろうなぁ、と思うのですね。
こーいう性格なので「なんでもこい、どーんとこい!」という気持ちも同時に育ててしまって、以前にも書いたいじめられた時も、「それが何か?」と平気な顔をしてしまってたんですな・・・。あほやな~、私。
本当に強い人は、計算なんてしないと思うのですよ。
「どうやったら人に好かれるか」という計算。
その計算の中に、「私はやれば出来るのだ!」というのを持っていたんですね。
人に良く思われたいのと同時に「おー。すごいじゃん!」と思われたい、という気持ちも強かった。
自分の「個」を認めて欲しい、と強く思いすぎてたように思います。
年齢を経て、そーいうのは生活していくにつれて自ずと認められていくものだと理解はしていきましたが、当時はあがいていたんでしょうね。
学校では万事OK!家庭では良い子♪
でも、実は誰かに本当の弱っちぃ自分を判ってもらいたい、と思ってましたね。
言わなきゃ判らないのに。
だけど、その当時はどーしてもそれが出来なかった。
弱さを見せることは、負けだと思っていた。
結局その考えは自分を追い詰める結果になるだけだったのだけれど。
で。
今は「勝ち・負け」というカテゴリ分けは私の中には無いです。
ただ、勝利とは何か?という問いには、自分、という存在を自分で受け止める強さが欲しいと思っているので、自分の弱さを認めなることが出来てる今の自分は「勝利」に向かっているということになるのかな?
というわけで。今回のブログネタは・・・。
Q.勝つのは誰だ、勝利とはなんだ。
A.「自分を知ろうとする」自分に怯える気持ちに勝ちたい。ということは勝つのは自分・・・かな?そして弱さを確認していくことに逃げないことが勝利になっていくのかな?
えらく長文になってしまいました。
しかも、内容にホントにまとまりがないです。すみません。
それと、昨日書いた予告記事と違ってしまって申し訳ありません<(_ _)>
次回は、書けるかな?
どうぞ、見捨てないで下さいませ~<(;_ _)><(_ _;)><(_ _;)>
それでは本日はこれにて~ヾ( ´ー`)
PS
読み直すと、恥ずかしいです・・・なんか、座布団で頭を隠してしまいそうなぐらい恥ずかしい~~(^^;)
でもUPしちゃう、ポチッ(苦笑)