何歳まで生きたい? ブログネタ:何歳まで生きたい? 参加中
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ども。

さてさて、何歳まで生きたいか、ですか。

そーですね。
今のココロの病系の病院に通院しなくなったら、出来るだけ病院には通わず、天命を待って寿命、または定命を迎えて死を迎えられたら一番かなぁ。
何歳まで生きたいか、と思っても(願っても)もしかすると、明日どでかい地震が来て建物の下敷きになったりとか、交通事故になったりとか、それとも突然死だってありうるし、しょーじき今考えたってしゃーねーなぁ、なんて思ってるんだけどね。

いかん、これだと文章がすぐ終わってしまう(^^;)

そーだなぁ。

うん、人間である私はいつ死んでもいいけれど(というと人生投げ出してるように見えるけれど違うよん)、私を支えてくれてるネコたちが天寿を全うするまでは生きてないとな、と思う。

自由気ままに生きてきた、とは思えないうちのコたち。
元の家族の事情だかなんだか知らないけれど、どかん!とエサを置かれたまま一週間放置されたりしてたんだ。
それを知らなかった私も悪いんだけど、知ったからにはほおっておけない!とすぐにペット可の賃貸を探して(日頃の行いがいいのか(笑)初日に見つけて即決(^^;))、すぐに引き取った。
元々すごい人見知りなコたちなのに、夫には最初から懐いて夫もすごく嬉しかったみたいで、まるで一気に6人家族になったようだったんだ。

でも、そのうちの一匹は引っ越して数日してから失踪。
何日も探していたけれど、結局見つからず・・・。私の落ち込みは酷かったと思う。
更に、もう一匹は病で亡くし(このコのことは、後日詳しく書きますです・・・ん?前にも書いたかな?)、市とかに頼むと生ゴミ(・・・)として扱われてしまうので、ペットのための移動式焼き場(というのがあるのだ~)に来てもらって、あのコだけをきちんと焼いてもらった。

エンジン音とかが五月蝿いし、車自体を怖がるんだけど、そのコの火葬の間、残った二匹が離れた場所でじーっと観ていたなぁ・・・。
ネコに生死がわかるかどうかは判んないけれど、そのコが亡くなった数日は残された二匹のネコたちは部屋のあちこちをうろうろして落ち着かない様子だった。「何かが足りない」と思ってたんじゃないか、と私は思ったりしてた。
その様子を見て、また泣いたりしてたんだけどね(^^;)

私は死んだとしても、取り合えず誰の墓にも入りたくないから海に散骨してくれ~と言ってるし、夫も同じなんだけど、問題は後に死んだ場合だな。

遺書か何かを書いておけば、お役所で散骨してくれるのかな?

そうそう。
前におくりびとのことを書いたけれど、私の父は納棺師(とはいっても葬儀社のヒトだけどね)にきちんと湯灌をしてもらって身体を清めてもらったから知ったんだけど、世間で納棺師や湯灌を知らないというヒトが多くてびっくりしたなぁ。
これは、夫と結婚してから、お互いの身内を亡くしてるからなのかもしれないからかな?
でもなぁ。
明らかに私より年上のヒトも知らなかったみたいだし(ワイドショーなんかでの街角インタビューなんかで)・・・まぁ、しょーじきお金の問題もあるからね。
湯灌とかはオプションなので、高いのであります(父の葬儀の時の会社の場合なので他の会社は存じませんです、はい)。

そーいえば、父の母親は父自身が湯灌までは出来なかったけれど、母親の亡骸をきれいにしてあげてたっけ。私はそのお手伝いをしたんだけれどもね。
すんごくガーゼや脱脂綿を使うの(山ほど買ってこい、と言われました)。
びっくりするほどの量がある脱脂綿、ガーゼがみるみる減っていくんだよ?
これは衝撃を受けた。

冷静に自分の母親の亡骸を清めていた父だけど、どういう心境だったかはもう聞けないな。
父は医療関係者であったので(日頃は看護師がやってることだけど)エンゼルケア?なるものをしたんだな、と今になって思う。
(エンゼルケアを当時知らなかったんだもん(^^;))

その祖母、人生全てが恨みで一杯のヒトだったんだけど、不思議なもので顔が変わっていくんだよね。
亡くなった直後の顔はほんとに般若のような顔をしていたんだけど、どんどん穏やかになっていったの。
死後硬直→弛緩→硬直となるから、その関係もあるのかもしれないけれど。
そうそう。
祖母が亡くなる数日前、凄まじい怒りを急に感じて、なんの脈絡もないんだけど「あ、おばあちゃん、この○曜日に逝ってしまうのか」と思ったんだよね。
そしたらそれがビンゴでびっくりした。

あ、そうか。
父はあの時、おくりびとだったんだ。
色んな想いがあったと思う。
決して仲のいい親子じゃなかったしね。
でも、こうして書いてると、冷静に祖母の身体を清めて優しく着替えさせていた父の姿を思い出してきて、なんか泣けてくる。

なぁ、お父さん、どういう気持ちやった??と、いずれそっちに行ったら聞いてみよう。

ぐだぐだ書いてきたけれど(しかも脱線しまくりだけど)何歳まで生きたいか、はどの親の下に生まれてきたいか、というのと同じように「聞いても考えてもしょーがあるめぇ(^^;)」と思う質問のように思える。

私の中にある砂時計の砂が亡くなった時が、死ぬ時。
じたばたしてもしょーがない。
生まれてきたということは、すでに死に向かって歩いていることになるんだから。
私のブログのトップに書いてあるように、死に際に「ありがとう」とさえ言えれば嬉しい。

それだけのことだけれど、これもトップに書いてあるとおり難しいんだろうな、とも思ってる。


さて、今回のブログネタの結論。

Q.何歳まで生きたいか

A.死を迎えるその時まで・・・としか言えない(.。)☆\(--") コタエニナッテナイ



うがが~~。
ブログネタだったらなんとかマシに書けるかと思ったけど、やっぱり文章はめためたでした。
すみませんデス<(_ _;)>

ここまで読んで下さってありがとうございました。
それでは~~~ヾ(*´Д`)