ども。


昨日書いた記事で、母の私に対する愛情について考えてしまった。


記事の中で、私は母に愛して欲しかった、と書いたが母は、母なりに私を愛してくれていたのだと想う。

ただ、それは「私」という個人を見極めた愛情ではなく、言葉は悪いが愛玩動物に与えるような愛情だったように想う。


被害妄想だ、と言われるかもしれない。

けれど、母の愛は、自分の半径ンメートルに縛り付けることが愛情だった。

兄を溺愛している、とも書いたが、私も母の見当違いな愛情の波に飲まれて溺愛されていたと想う。

私は、まず自らをきちんと愛したいために物理的に母から去った(今でもたまに会わねばならない時があるが)。

兄は、溺愛を認識していないように想う。

つまり、当然だ、と想っているふしがたくさんあるのだ。

それで、兄自身苦しくなく、人生を歩んでいけるならいいけれど、未だ母親の愛情という名の甘やかしを受けている兄を見るのは正直哀しくて仕方がない。


私は夫に甘えるだけ甘えているが、やはりどこかで「甘えすぎは良くない」と自分を律する時がある。

というか、律しすぎて、どつぼにはまる時があるのだが(苦笑)。

甘え方のさじ加減がいまいちわからない、というのがホントのとこだろう、と自己分析をしてみる。

こうして、自分を省みて自己分析が出来る状態に在る今、私は幸せなのだろうと想う。


しかし、母と兄のことを想うと何故だか悲しくなってくる。


映画「普通の人々」は、父親の意思で家庭はすでに崩壊している、ということを他の家族に認識させたが、私の元の家族は父を亡くしたことで、それぞれが「なんだかおかしいぞ」ということに気付くことがなく、しかし、私から見れば「それは違うんじゃないか?」と想ってしまうことに、どんどん入り込んでしまっていっていた。

それが亡き父が望んでいたこと、と思っているから厄介だ。


母の望む「兄妹仲良く」。

私が何度も何度も「それはムリ」と言っても、彼女はそれを望み続ける。

兄の望む「妹は俺が守る」という思い。

ありがたいとは思うけれど、私を守ってくれるのは、夫だ。

兄は私を守るつもりでいるのだろうけれど、話す機会がある時は私を貶めてから、慰める、というちょっと歪んだ愛情を私に持っている。過去、ふともらした「妹に対しての劣等感」が無意識にそうさせているのだろうけれど。

そんな「守り方」はいらない。


そしてまた。

私が夫という伴侶を得た反面、母は夫を亡くしているし、兄はまだ伴侶がいない。

私の肉親だけなのかもしれないが、愛情を注ぐ存在、というのが人間には必要なのかもしれない、と最近想うようになってきた。


一人暮らし歴が長い私は、割と一人が平気だ(精神的に安定してる時はね(^^;))。

いわゆる、一人メシが出来るタイプ。

しかし、母も兄もそれが出来ない、という。

過去、理由を聞いたのだが、周囲にヘンな目で見られる、と両者揃って言うのだ。


いやいやいや。


そこまで他人は人のことは見ていないと思う。

中には、確かにそういう見方をする人がいるかもしれないけれど、10代や20代前半の若者ならともかく、いい年の人間が周囲の目を気にするのは、個人的に自意識過剰ではないか?と想ってしまう。

母の場合は、女性であることを考えるとまぁ、仕方ないか、と思えるが、兄が一人メシが出来ない、ということを最近知った時は大袈裟でもなんでもなく、愕然とした。


いじめられていた、という過去の傷が兄にそういう想いをさせているのかもしれない。

が、私自身もいじめられていたが、その傷の処置の違いが私と兄の生き方の違いを生んだのかもしれない。

私は、自分がいじめられていたことを最低限しか家族に話さなかった。

兄は、自分がいじめられていたことを両親が聞いてくれなかったからまず私に話し、そんな兄の想いを小学生である私がどーんと受け止めることなぞ当然出来るはずもなく、結果私から両親へ話した、ということは過去の記事にも書いた。

中々動かなかった両親は、兄がかなり危うい精神状態になった時にやっと動き、そこから母の兄への異常とも言える「息子を守らねば」という使命を持ってしまったのだろう。

私が兄の立場なら、その母の使命感に燃えた愛情という名の支配に息苦しくなってしまうだろうと容易に想像出来る(だからこそ、私は母と距離を置いているのだから)。

けれど、兄はその母の愛を感受している。感受・・・いや、それが当然なのだ、と思っているから厄介なのだ。

兄にとって、自分が辛い想いをしている時に中々気付いてもらえなかった両親に対する恨みを未だ持っているのだろう。

私も、その想いはあったけれど、多分不器用だった両親は「ボクはいじめられている」という兄を守るだけで精一杯だっただろうし、それを傍目で見ている私は自分がいじめられていることを言えずにいたわけだ。


つまりは、諦め。

もがいて、苦しんで、それでも生きていかなければならない、と苦悩していた学生時代。

両親は私のそういう姿は知らない。

私がそれを見せなかったから当然だし、それを「どうして察してくれなかったの!」と責めることはしないし、お門違いだと思っていた。

ただ、何かにつけ「あんたは強いから兄ちゃんを守ってあげて」「兄ちゃんの傷を開くような真似はしないで」と言われることに対して、はて?何故私にそれを望む?と思ったことは確かだった。


そこまで兄が傷ついてしまったのは、あなたたち両親がいじめられている自体を軽く見ていたからではないのか?と思ってしまうのだ。


私は忘れていない。執念深い女と思われてもいい。

兄を安心させて寝かせてから(これを小学生の私がしていたのだ)、両親に「私じゃムリ。兄ちゃんは追い詰められている」と訴えた時に、何故動いてくれなかったのか。

過ぎてしまったことは仕方ない、と考えるしかないが、兄の人格はその時期に固まり私は家族の中で異質である、という認識を小学生の時代から持ってしまった。


そして、今だ。

私は、正面から過去と向き合っていくことを決意し、今まで押し殺していた感情を時には爆発させ、時には何もやる気が出ない、という荒波の中を自分で歩いている。

夫はそれを咎めない。

が、私が未だに病院にかかっていることを知っている元の家族は「気の持ちよう、お前は考えすぎ」とことあるごとに言ってくる。


正直「ほっといてくれ」と思っている。

悲劇の主人公を気取るわけじゃないけれど、私らしく生きたいと望むことを阻んできたあんたたちに言われたかない!と怒りに駆られる。


が、今現在、母も兄も「済んだこと」ですまそうとしている。

小さなボタンの掛け違いから、すでに十数年。私は一度ボタンを全て外して、自分で選び直し、ボタンホールを自分でかがる作業を自ら好んでやっている。

この作業を邪魔して欲しくない。

元の家族がどう生きようと、私は関知しない。

だから、私のことも「私の娘だから」「俺の妹だから」という名の自己満足で、なんとかしてやろう、なんて思わないで欲しい。


望むのはただ、それを静かに見守ってくれる、という態度だけだ。


言うは易し、という状態なんだけれどもね・・・。il||li_| ̄|○ il||li

(完全に無碍に出来ない自分がいるのであります。なので最低限会ってしまうのだな。自業自得です(苦笑))


なんだか寒い中、暑苦しいことを書いちゃいました。

ここまで読んで下さってありがとうございました<(_ _)>


それでは~ヾ(*´Д`) マタ チョウブンニ ナッチャッタ・・・。