【すんも賞を狙え!!】初詣どんなお願いした? ブログネタ:【すんも賞を狙え!!】初詣どんなお願いした? 参加中
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ども。

初詣は結婚して以来行ってませんヽ(゚◇゚;)ノ
うちの夫クンが重度の(笑)宗教関連嫌いですので(以前の記事、神棚のことで書いた理由で)いけないのであります(TωT) バカーバカー

が。
初日の出はいける時は行きますね~。

ただ、い~かげんなふーふなので、一月以内なら上等で、年内に観に行けたらそれで充分、という笑うしかないお気楽な行事になってます(^^;)

海に行って観るのもいいし、どこぞのスカイラインを使って、展望台から観るのもどちらもいいかな。
あ、山から観るという発想は結婚するまで、私にはありませんでした。(だって、山といえば夜景でしょ~<若かりし頃の・・・ゴニョゴニョ)

今回は、山の方は横に置いて・・・海の場合をば。

今更ながら、どーして一月一日に行くぞ!というのが無くなったのかを考えると・・・晴天ばかりじゃない、ということからだったから・・・。

私、海で日の出を待って、海の向こうが少しずつ明るくなってほんの少しだけお日様が顔を覗かせた時に出来る「お日様の道」が大好きなんですね。それが観れない初日の出は、私にとっては初日の出ではないのであります(・_・)b
(個人的にあの海に映る光の道は「神様の道」と言っております(^^;)。あ、なんという日でもない、ふつーの日に雲の合間からお日様の光のスジが出ているのを観ると「あ、神様の階段」とこれまた勝手に言ってます。ヘン?(;^_^A)

その陽光を観ると、私は毎回感激するんです。夫クンは単順に「うん、キレイだなー、すげーなー」と言ってますが、私はもううるうるしちゃってます(^^;)(で、毎回「なんで?」と聞かれる。答えられたら苦労しね~ってばよ~)。

で、うるうるして、太陽の光の輝き、そして海に出来た神様の道を見て、この世界を作ったのは誰なんだろう、というところから毎回考え始めちゃうんです。
歴史の授業とか、そーいうのは知識としてあるけれど、日の出を観ると私の想いはビッグバンまで遡ってしまうんです(人によってはウザーな思考ですよね(^▽^;))。

それを考えると、自分の存在がどれだけちっぽけなものか、実感しちゃう。
ちっぽけなものだなぁ、と想うけれど、そう考えて悲観的になるわけではないんですね。
「宇宙に比べりゃ短い人生だけど、どこの誰かの気まぐれなのか判らないけれど、この世に生を受けたのは事実」と無理なく納得出来るんです。
そして、観ている間、海から波が生まれています。
それさえも、心を落ち着かせてくれます。
落ち着いた心で更に「この事実を噛み締めて生きたい」と想います。

で、気がつくと、私は手を合わせて

「辛いことが多いかもしれないけれど、少しずつでいいです。これからも生きていける力を少しだけ分けてください。そして、何よりも彼が不幸にならないように、私自身、強く生きるという気持ちをちゃんと持ち続けられ、生きることを諦めない自分でいられますように」

と結婚してから、日の出を観るたびにほぼ同じことを祈ってます。

そして今年はそれ以外にも、近くは同じ空の下で住む家を奪われ、派遣村という場所で年越しを迎え、仕事探しに追われている方たちにもどうか幸せが訪れて欲しい、と願い、また遠くはイスラエルとパレスチナの紛争でこれを書いている今も沢山の方が負傷、死を迎えているこの事実に、私たち日本人より神を信仰している民族のはずなのに・・・と想いながら、お願いだから一刻も早く争いを辞めて欲しい、と祈りました。

後者の紛争については、イスラエル人の言い分にも「そーだね」といい、パレスチナ人の言い分にも「そーだね」と言ったのは当時のイギリスの三枚舌から起こったもの。

私は想います。

かの有名なマザー・テレサの言葉。

ノーベル平和賞受賞の際、インタヴューで「世界平和のために私たちは何をすればいいですか?」と問われて、彼女はこう答えました。


帰って家族を大切にしてあげて下さい


この言葉を二つの部族間の諍いを大きくした国に言いたい。

そしてまた、紛争中の人にも言いたい。


註・念のため。元々、パレスチナ紛争は宗教戦争ではありません。


ありゃ。


なんだか大袈裟なこと、書いてる感じになっちゃいましたが、今年のお願いごとの実際の話なんで(^^;) ウ・・ウザイ?

いやぁ、神様という名を借りた人智を越えた存在の方(回りくどい・・・(;´`))、今年はお願いが多すぎてすみませんでした・・・<(_ _;)>


そんなこんなの、今年一番のブログネタでした~。


それでは~ヾ( ´ー`)