ども。
昨日、ブログネタを書いたけれど、その時DV・モラハラ男と一緒の時のことを思い出したので、落ち込んでしまいました・・・。
んが~!
私は何のためにカウンセリングに通っているんだ?
いや、ちゃんと理解はしているんですよ。
ゆっくり回復していけばいい、ってことは。
ありがたいことに、周囲が(といっても夫だけだけど(苦笑))それを許してくれている状況だからいいんだけれども。
最初に謝罪します。
同じようにDV・モラハラで苦しんでいる方々に対して失礼なことを書いてしまうと思います。
申し訳ありません<(_ _)>
やっぱり・・・闘う相手が目に見えない、ということが私の回復の遅れだと思ってしまうんです。
苦しい思いをして、裁判をなさってる人もいるのに、私はそれを羨ましい、と思ってしまうんです。
いざ、ヤツを目の前にして裁判などをしたとして・・・確かに恐怖に駆られると思うのですね。
けれど、今どこで生きているのか、他の女性が被害にあっているのではないか、未だに私を(というか、自分に関係して去っていった女全部に、だと思う・・・)怨んでいるんだろうな、とか、考えればキリがないんですけれども・・・、それは私が「ヤツならそう考えるだろうな」と思うわけで。
実際十年以上逢っていないわけだから、想像の域を越えることは出来ません。
現実と想像。
私が怯えているのは、現実が見えていないからなのです。
あの時、ただ逃げただけの私。
実家には戻れず、シェルターというのも無かったし、子どもがいれば入居できたかもしれない母子寮にも行けなかったので、遠い親類の所に身を寄せていました。
そのすぐあとに、ヤツは私を追いかけ、友人、祖父母、実家、父の職場などなど、色んなところに姿を表したと後日聞かされました。
両親は身体を張って、私の居所を言いませんでした。
私と言えば・・・親不孝にも「私が働いて生活が成り立っていたのに、彼は苦しんでいないだろうか」なんていう、今では吐き気を催すような自己憐憫にしばらく浸っていました。
まだ、DV・モラの連鎖から逃れていない状況だったと今では自己分析出来ます。
そしてまた、私を守ろうとしてくれた両親に対して感謝はしています。
けれど、長い時間、カウンセリングを受けるにつけ、「全面対決」というのをしなければいけなかったのでは、と、思うんです。
親不孝な私です。
だめんずにひっかかって、どれだけ親を哀しませたか。
世間体を人一倍気にする母は、どれだけ神経をすり減らしたか(私の友人と母の知り合いが被ることも多かったので)。
私を全面的に守る、という信条のもと「闘う」という手段は両親の頭の中にはありませんでした。
いわゆる、「知らぬ存ぜぬ」で通していったのです。
私を守るため、と思えば思うほど両親の方針に逆らうなんてことは出来ませんでしたし、当時は私もその方法しかなかった、と思っていました。
が。
自分の中で、何年経っても決着がつかない、恐怖心が残る、ということを自覚していくにつれ、私のためにしてくれた両親の行動を、親不孝にも「どうして面と向かって闘わせてくれなかったのか?」と思っていくようになったのです。
最低です。私は。
そんな最低な気持ちになっていた私は、ヤツに怨みで殺されても仕方ない、という境地まで来ていました。
「早く、私を見つけ出して」とさえ願ったのです。
話し合いとかでおさまるとは微塵も考えてはいませんでした。
そんなことが通じる人間ならば、逃げ出すこともしなかったのですから。
しかし、両親は親類と相談して数年は私をそのお宅に居候させ続けることを決めていました。
気分転換に、バイト行ってみない?といい、私に背負わされた借金返済のため、その提案に乗りました。
金融会社は勿論、ヤツと一緒にいた時勤めていた飲食店のオーナーに毎月いくばくかのお金をかなりの年数送りました(事情を知った私に「アイツから守ってあげるから、こっちにおいで。あなたの働きがどれだけうちの商売の助けになったか」と言って下さいました。ヤツから逃げるために、無断で辞めたにも関わらず・・・)
そして、私は目の前のことしか出来ない情けない人間になっていっていたのです。
普通に見える日常生活が戻ってきました。
最初のバイト先は、キリのいいところでやめ、自分がやりたいな、という職場を見つけ働きはじめました。
そこで新しい友人も出来、昔のことはさっぱり忘れて新しい自分の人生を営んでいけると思っていました。
けれど・・・。
心の奥底に「まだ、解決してないよ」という思いが残っていたのです。
それが浮上するのには、少し時間が経ってからなのですが。
私、思います。
異性に襲われた人に対して言う言葉。
「犬に噛まれたと思って、忘れてしまいなさい」
言うは易し、だなと思います。
どうして、忘れることが出来るでしょう?
こんなことを考えているなんて、親不孝であり、他の被害に合った方から見れば「何言ってる!ありがたいことじゃないか!」とお叱りの言葉を受けると思いますが、やっぱり、面と向かって争うことを阻止した両親に・・・書きにくいのですが「どうして闘わせてくれなかったのか?」とやっぱり思ってしまうのです。
親類の所にいた時、実家に来た、など情報はくれました。何回目かのその報告で私は何度も「直接遭いたい。間に弁護士さんを挟んで」と頼みましたが「お前は心配しなくていい」という、両親なりの優しさで私を守ろうとしてくれたのです。
が、結果未だに不安感が付きまとっています。
両親は「忘れること」を第一義に持ってきていました。
けれど、私はそれこそ物心がついた時から、何もせずに忘れる、ということは出来ない性分。
やっとヤツからの執拗な連絡がなくなり、私に実家に戻れる時が来た時、両親との間ではヤツの話題は「禁忌」になりました。
けれど、何もしなくても時間が進むように、私が失踪し経験したことで、私は昔の私ではなくなっているんです。
「無かったことにする」という両親の判断が優しさから来ていることは判っていましたが、だからこそ私の内面でどこか鬱屈していく感情が産まれていくことになっていくのです。
今もなお、DV・モラで闘っている方、裁判という形で闘っても終わらない、という現実に打ちひしがれている方・・・いろんな方が多くいらっしゃるのだな、というのはブログという媒体を知って、初めて実感しました。
ただ・・・。
その人たちとの違いに私は自分の過ちに気付くのです。
両親が私を守ろうとしていることは本当に理解しているのです。
ヤツの行方(その当時なので、今では判り様がないのですが)も両親は知っていたけれど、決してそのことは教えてくれませんでした。
私は今この年齢になるまで、ヤツの消息を知りません。
生きているのかも、死んでいるのかも・・・。
そして、私の中でまだ整理が出来ていないのです。
原因と面と向かうこと。
これは、相手が普通の感性をもっていればまだ楽なのかもしれません。
他の被害に遭われた方と同じく、私の相手も普通の感性ではありません。
けれど、ちゃんと(自分の心のために・・・自己中ですが)面と向かい合いたかった。
この苦しさは、多分消えることはないのでしょう。
何かの偶然で遭遇しなければ、ムリですから。
・・・いつもと同じく、まとまってない文章で申し訳ありません。
調子が悪い時に書くと、ダメですね・・・反省。
こんな駄文を読んでくださった方に、感謝します。
それでは・・・ヾ(_ _。)o
PS
カテゴリは「元の家族」になってますが、「DV・モラハラ」「生き直し」も含まれています。