ども。


「生命」より長くなったらどーしよー、と思いながら何とか回数は(笑)少なめに終わらせそうです<報告。

けど、長いですよね。だめじゃん(´・ω・`)


それでは、本文をどうぞ


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さて、料理が出来なくなり、苦手な掃除は勿論(^^;)出来なくなり、私はとにかく眠るようにしてました。

掃除は・・・掃除機がダメなんです。

何故なら思いっきり殴られたことがあるので。

ヤツといる時、掃除機をかけていたら、突然持っていたのを奪われて、ゴーゴー言ってる掃除機でめった打ちされたんです。

(今でも実はだめ(^^;)だから新居は全室フローリング。クイックルワイパーが大活躍♪)


そのことも夫に話し、私に出来ることは洗濯して室内干しするぐらい。そしてたまに箒とクルクル粘着シートとかで一応掃除。

料理は全く出来なくなりました。


それだけ家事能力が落ちました。

人としての生命力も落ちていたと思います。



インターフォンが怖い。宅配便にも出れない=夫が会社宛てに変えてくれるか、自分がいる時に届けてもらうように手配してくれました。

電話が怖い。知り合いであれば、携帯にかかってきますが、出れる状況かどうかで判断していました(ほぼ、出られませんでした。出たとしても「ごめん、ちょっと具合悪いんだ」と言ってました)。

何もかもが、怖くなり完全な引きこもり状態になりました。


食事は夫が帰宅コールをする時「今日の夕飯、どこ食べにいく?」と聞いてきて、私が「あなたは何腹?麺類系?がっつりご飯系?」などと聞き、ネットで店を調べ安いところを何軒も見つけておいたものでした。

情けないことにこれは最近まで続いていたことです。


少しすると、薬については「もう、大丈夫だ」と言えるようになりました。

刃物に関しては、どうだっただろう・・・かなり長い間だったと思います。


とはいえ、また落ちてしまうことがあると、何回か薬の管理を任せていたりしました。

そんな生活がよく続いたものだと思います。


そんなある日、私はどうしても生きていく気力がなくなり、夫と話しても支離滅裂でとにかく、消えたい消えたい、だけが心の中を占め、一日中泣いていました。

けれど、会社づとめの夫ですから、一日中私を慰めたり労わったりすることは出来ません。当然出勤しなければいけません。

心配そうに「とにかくヨコになってろ、寝れるなら寝ていろよ」と私を労わってくれ、私はといえば夫が帰ってくるまで一生懸命自殺衝動を抑えてました。

そして、夫が帰宅した時に、自分から入院を申し出ました。


前回の記事で書いた「後のこと」になるのですが、死を考えた時、自分の気持ちの持っていきようが無い時、頓服を飲んでも効かない時はどうすればいいのでしょう?と自殺未遂後から、よく主治医に相談していたのです。

その時「うーん、一番いいのは入院かな?」とさっくりと私には思いつかなかった道を示してくれたのが大きく印象に残っていたのです。


そして、どうにもならなくなったその時、その道に甘えました。

措置入院ではなく、自ら望んで入院する任意入院。

それを、切望しました。

この方法はお金がかかります。でも、私はともかく夫が本当に安心出来ることが重要なんだ!と強く思い、主治医と相談して(勿論夫とも相談して)決めました。


つまり・・・。

【自分がしんどい→気にしなくていい、という夫→心苦しい→マイナス思考に走ってるな、大丈夫かな?と夫→そして私の負の感情の爆発→死を選んでしまうかもしれない、と思いながらの毎日を過ごす夫→私がいなくなればいい→一緒にいたいのに、その俺の気持ちが追い詰めてる?→彼を追い詰めてるんだ・・・どうすればいいの?苦しいしんどい】etc...


という悪循環を一度サクっと切った方がいいのかも、という二人の意見が一致したを覚えています。

※この時の入院中の話は後日詳しく話しますね。



それから今日まで、落ちる時は夫に「だめだ。今日はご飯作れないです。ごめんなさい」といえるようになり、なんとかいけそうだ、と思ったら、たまに食事を作ることも出来てきました。


「主婦なんだから当然でしょうに」と思われる方も多いと思います。

けれど、私はある意味ちゃんと出来ていなかった。いえ、出来なかったんです。



自殺未遂のあとは、積極的に料理は出来ませんでした。

作ることは出来る場合があっても勢いがないと作れなかったのです。

包丁は、自分を刺すものではない、と言い聞かせて作っていた時期もありました。



「生命」を書き終えた次の日から(当日はダメでしたが(^^;))あきらかに私の心境が変化しました。

ブログに過去のことをUPし始めた、といったら主治医は驚き、更に今週カウンセリングで料理のことを話したら、また驚かれ、自分でも「この変化はなんでだ??」と思いました。それほど新しい感覚だったのです。


IHと戦っている(笑)、という部分もありますが、今は純粋に料理を作ることが本当に楽しい。

頭の中で作る行程を組み立てる。献立を考えるのがもの凄く楽しいんです。

ワクワクしてる、と言っても過言ではないです。


他にも気持ちが焦っていた部分もありました。

夫と一緒に一生過ごすために見つけた土地を購入し、家を建てた。

かなりのお金が動いています。けれど、私は夫からの愛情を受け止めているだけで何も出来ていない、変化できていない。

そんな私が出来ることは・・・自分の病と今だからこそ向き合うことだ、と思い引っ越しする少し前にブログを書くことを決めたのです。


心の奥底に封印した、思い出したくない過去(思い出したい過去もあります)。

書き始めた当初は普通のブログだったと思います。

思想や信条とか、あと遼くん(^^;)のこととか。


けれど、何故か引っ越しが完全に決まってから、「生命」の下書きを書き始めました。

そういう時期だったのだろう、と私は思っています。

そして、新天地に引っ越し、思い切ってUPしていきました。


推敲につぐ推敲。

書けば思い出す色んなこと。


古い傷だけではなく、新しい傷も出来た感じもします。


そうして傷のほかに新たに生まれたもの。


私が料理好きになった基本の気持ちを思い出したのかな?「特別な人に美味しいと思って作る!」という病に陥るまでの自分に戻ったのかな?とも思ったのですが、その考えの中に「あーちゃんって女のコらしいとこあるよね」と言われたいがために作っていた部分が、きれいに抜け落ちたことに気付いたのです。


そう、料理に関して全く新たな気持ちになれたんです。

長々書いてきて、結果が「料理することが楽しくなったど~!」かよ!と突っ込まれるかもしれませんが、私自身、そして主治医、カウンセラーと一致した意見は「これからも落ちることはあるだろうけれど、底が上がった感じだね」、でした。

うーん、うまく伝わるかどうか判らないけれど、地下10階あったのが、今は地下9階しかない、という感じかな?

私も夫もそれを感じています。


キツイ思いをして書いた「生命」が、自分に対し、こんな影響を与えるとは思わなかった。

最終話のあとはさすがにダメでしたが、それ以降作ってます。

それも、愉しんで。


確実に変化した、と胸をはって言えるようになったな、と思いました。

今までも「あ、少しいい感じになってきたかな?」と思ったこともありましたが、確信までには至りませんでした。

けれど、今回は確信出来ています。

10年という長い年月を重ねてきましたが、報われました。

(カウンセラーからは一応釘をさしてもらっています。まだ揺れ動く波はあると思うよ、と)。


引っ張って引っ張って、オチがコレかい、と思われた方、すみません<(_ _;)>

ただ、カテゴリに書いた「生き直し」を肌で実感したことが初めてだったので、興奮しています。

カウンセラーの言う波、というのは、この興奮状態が落ち着いたら、ということだと思いますが、今の時点では「大丈夫。料理が好きだ、という昔のあの気持ち+Newバージョンなのだ(笑)落ちるかもしれないけれど、その時はその時」と考えてます。


願わくば、料理に関して本当に安定できますように・・・(一年は様子をみないとね・・・)。


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駄文、乱文、意味不明な文章にお付き合いくださいましてありがとうございました。

ホントに「なんてオチなんだよ!」と思われた方も多いと思います(^^;)

けれど、読んで下さってる皆様に感謝します。

ありがとうございました。


しばらくは思うまま、ブログを書いていこうと思います。

どうかよろしくお願いします<(_ _)>


ではヾ( ´ー`)