ども。


7日、8日と普通?の記事をUPしたんだけど、あれは下書きしてあったものを手直ししてUPしたものです(にしては、メタメタ(^^;) ア イツモカ(笑))。


で、やっぱり疲れてます......パタン_ノ乙(、ン、)_ (苦笑)


けど、自分で自分を褒めちゃうぞ!




あのカテゴリーのあの時期を書き終えたら、私にとって多分大きな山を一つ越えることになるだろうから、反動がすごい=何も出来なくなる、と確信してたワタクシ。


書き終えそうだ!と思った時、そしてやっぱりキツかった、と思った時、何か、予感がしていました。


しんどいけれど、少しだけムリをしてみようかな、とふっと思ったんです。

こんな心の動き方は、生まれてきてから初めての感覚で、私にとって冒険でした。


ストレスを感じた時、その時の心の持ち直しを今までと変える。



今までなら「パタン、と横になる」でした。

けれど、今回は「家事をする」という風に変化したのです。

・・・え?主婦なら普通?

そうですよね。判っております(^^;)

だけども、その普通が出来なくなるほど、重力に身体も心も支配されてしまうという感覚なんです。

これじゃあ何も出来きません。


今までなら、何も出来なくなったらホントに「すんません。出来ない・・・」としてしまうことがとても多かったですね。情けないですが。

それを受け入れてくれていた夫には感謝してもし足りないです<(_ _)>スマヌ<夫


さて。

DV・モラハラのカテゴリの記事は、最初に書いたように、恥ずかしいけれど10ウン年以上も前の話です。

病院に通うようになって、今年で10年かな?



改めてここに書く、という行為がここまで自分を打ちのめすのか、ということを心で知った時「これが第二歩?」とどこかから聞こえた気がしたんです。

打ちのめされる、ということはいい面も悪い面もあります。

けれど、少なくとも私にとって、この時期に打ちのめされることは必要だったように思えました。

いえ、必然だったのかもしれませんね。

結果論に過ぎませんが・・・。





前述したように、病院に通院を始めてからほぼその日、翌日は何も出来ませんでした。

疲れたきった気持ち、それに伴う体力の低下を持ち直すためにぱたん、と横になっていた普通だった私。

今回自分の経験を追体験している。

これはキツイことになるだろう、と自覚していました。


(流石に「生命・6(了)」を書いた当日は、ダメでした。これに関してはまだまだ弱かった。反省)


けれど「ちょっと、踏ん張ってみない?」と無意識に思ったようです。



※実際問題、引っ越しで夫は何も言わないけれど、引っ越ししたんです、金欠になってるはず、というのもあったけどね(^^;)。夫は、自分で夕飯ぐらい作るさ、というけれど、長年料理をしていた私でも苦戦しているIH。「で、後片付けまでが料理なんだけど、出来る?」と聞くと、ん~?小人さんが・・・、とのたまってました(苦笑)。


そんな私の変化を何回かに分けて、過去の話(元の家族との関連する場合も多いのですが、カテゴリは「生き直し」で通します)を含めて少し書きたいと思います。



///////


朝、目覚めたら(夫の出勤時には起きれていない・・・ここはいつになったら治るんだろ?)季節感を身体に感じて「寒いな~」と思いながら「よし!」とベッドから出る。

洗面所に向かって、洗顔、歯磨き。

そしてカーテンをあけ、掃除。

朝食は数年前、ダイエットに成功した時に、それを維持するために作られたメニュー・・・野菜ジュースか牛乳。

昼食は大抵メニューが決まってます。

問題は夕飯。




料理はもともと凄く好きでした。

これに関しては、私がしなければならない環境にした母に感謝です。

自由に社交的に外で生活する母にとって、私たち子どものお弁当を作ることは出来なかったようで(今の私以上に起きれていなかったし(^^;))、中学生の頃には自分の弁当がどう思われようといいじゃん、と思いながらも、兄の弁当はクラスメートが見て、恥ずかしくないメニューを作らなければ、と考え、彩りや栄養を考えて作ることを独学で学んでいきました。


兄が大学に行き、一人暮らしを始めるようになるまで、弁当つくりは続きました。


その後、週に何回かは夕飯も作るようになったのですが、父に初めてかぼちゃの煮物を褒められた時の嬉しさを覚えています。

また、父のお客様がみえた時、その方たちをもてなす料理を母と作ったのですが、里芋の煮物が美味しかった、とお客さんが言ってたよ、と言われた時には更に嬉しくなってしまっていました。

豚もおだてりゃ木に登る、を地で行ってましたね(笑)



気がつけば、スーパーではなく魚屋で自分の目で魚を選び、母にしては面白くなかったでしょうが、母の作った煮魚より私の作った煮魚が父の口に合う、なんてことになってました。

(あぁ、ファザコン(恥))。まぁ、めげない母は、私に対して褒めることじゃなく、周囲に「私がいなくても、立派に料理を作るコ」という自慢に変えてましたが。


けれど、人のためを思って料理することの楽しさ、それは、私の人生の中で大きなものになります。


////////


すごく短いけれど、本日はこれで・・・ヾ( ´ー`)


PS

頭は疲労しまくってるなぁ(^^;)。

文章が更にメタメタですね。ごめんなさい<(_ _)>&読んで下さってありがとうございました。