ども。
今回の記事も前回の前置きで書いたようにイタくて重いうえ、具体的で生々しい感情表現の描写を書いています。フラッシュバックの可能性がとても高いですので、どうぞスルーをして下さいね。
季節も自分が何歳(20代だったのは確かですが)だったかも曖昧で覚えていないことが多いですが、この事だけはかなり覚えていました。
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確か、午前中の予約だったと思う。
雇い主が私たち二人が出かけることを理解してくれて、シフトを替えてくれていたので私はともかくヤツは堂々と朝から出かけた。
久々に二人で出掛けるのに、行き先は堕胎のための産婦人科。
私の足取りは重かった。
ヤツは心配そうに私を見、歩く速度を私に合わせてくれていた。
予約時間より早めについた。
そこには、妊婦さんが沢山いて私は自分の存在がそこにそぐわないと強く感じた。
そんな違和感を感じつつも、体力よりも気力の疲れで私は座れる席を探して、そこにヤツと一緒に座ろうとしていた。
空いてる席を見つけ、傍にいるであろうヤツと座ろうとしたら、ヤツは看護婦(当時はまだ「師」じゃなかった)のもとに行っていた。
「何話してるんだろ?」と思いながら、先に座っていると(実は、こういう行動→自分だけ先に席に座る行動とかはヤツが怒るポイントでもあったけれど、その時は頭になかった)看護婦との話を切り上げ、私に話し掛けてきた。
「どれぐらいで処置が終わるのか聞いたから、オレは外で時間つぶしてくるわ。終わる頃、来た時に見た○○っていう喫茶店におるから、会計すませたらそこで待ち合わせな!大丈夫、先生を信じればいいって♪」と言い、とっとと病院から出て行ってしまった。
想像していなかったヤツの行動に呆然とした。
待ってる間、傍に居てくれるんじゃなかったの?
付き添いしてくれる、って言ってたよな・・・あれって病院まで付き添って歩いてくるだけ、という意味だったわけ?
後戻りの出来ないこの状況をヤツは喜んで受け止めていたことは判っていたけれど、そこまで露骨に、しかも処置前の私に言う台詞なのか?
さすがにショックだった・・・。
けれど今更ヤツの後を追うわけにも行かず、不安な気持ちで待合室で座っていた。
次々と患者さん(妊婦は患者さんじゃないか・・・?病気じゃないんだし・・・違うよね。でも、呼ばれた人がはっきりと妊婦と判る人だけならともかく、婦人病で来院している人もいるだろうと思うので、便宜上患者さんという言葉を使います。すみません<(_ _)>)が呼ばれ、私の心臓の鼓動がどんどん大きくなってきていた。
待ってる間、お腹に当てた手も汗ばんできていた。
ふと、カップルが病院に入ってきていたのを見た。
女性も男性も憔悴しきっていた。
あぁ・・・彼女たちも私と同じ結論を出したのかな、と不謹慎にも思った。違うかもしれないのに。
そして、私の名前が呼ばれた。
呼ばれた・・・もう本当に後戻りは出来ない。
頭ががんがんした。
自分が何をしようとしているかを改めて自覚し、膝が震えて中々立ち上がれなかった。
けれど、なんとか気力を振り絞って診察室に入っていった。
「昨日、出血したみたいだけど、今はどう?それと、ちゃんと、絶食してきた?」
前日と変わらず淡々と女医さんは話す。
「はい、出血は今は大丈夫です。絶食はしてきました」
冷静に話したつもりだけれど、多分顔がこわばっていたのだろう。女医は続けて言った。
「不安?でも大丈夫よ。麻酔かけるし、すぐ終わるから。リラックスして」
そして、処置室に移動してくれ、と言われた。
女性ならほぼ誰でも経験する内診のための椅子に座った。
カーテンで下半身が仕切られてるあの椅子。
「まずは、ちょっと確認させてね」とカーテンの向こう側から声がした。
「はい」
冷たい感触がして、思わず動いてしまった。
「あぁ、ごめん、冷たかったよね。ん、処置出来る状態になってるね。じゃあ、麻酔かけるから。数字を数えていって」
看護婦が私に麻酔をかけた。
「いち・・にぃ・・さん・・しぃ・・ご・・・・・・・」
そしてブラックアウト。
遠くから、小さな声が聞こえてきた。
「あーちゃんさん!あーちゃんさん!!終わりましたよー!はい、後ろの部屋で横になっててねー。ちゃんと処置出来たからねー、あーちゃんさん、終・わ・り・ま・し・た・よー!!」
看護婦の声が私を起こし、まだ麻酔が完全に抜けていない私を支えながら、布団が敷いてある部屋へつれていってくれた。
ここからの間の記憶が私の中で一番強く心に残っている記憶だ。一言一句、覚えている。
時間の感覚は判らなかったが、しばらくしてまるでお酒に酔ったかのように泣き叫んだのだ。しかもよろよろと立ち上がって。
「せんせぇ!!?かんごふさぁん!?私の赤ちゃんはどこですかぁ!?どこに行ったのぉ!なぁ、どこにつれていったのぉぉぉ!?教えてよ、看護婦さん、教えてよぉぉぉぉ!!なぁ、私の赤ちゃんは元気なんやろ?教えてーーーーーーー!!」
完全な錯乱状態だった。
看護婦は「はいはい、まだ完全に麻酔から完全に覚めていないのよ、あなたは。子どもはね、もう処置したの。もう少し横になってなさい」と面倒くさそうに私に言った。
半分の理解と半分の希望が混ざり合った錯乱状態の私の言葉は文字通りめちゃくちゃだった。
看護婦の言葉に素直に横にはなったが言葉が止まらない。
「なんでぇぇ?どこに行ったのぉ??早くあのコに逢わせて~~!!!」
泣きながら、叫びながら、わめきながら私はまた睡魔に飲み込まれていった。
次に目が醒めた時、隣に待合室で見たカップルの女性がいた。
彼女は小さな声で「ごめんね、ごめんね、ごめんね・・・etc」とつぶやきながら、静かに泣いていた。
その頃には麻酔がほぼ抜けていた私は、思わず彼女の手を握り締めていた(彼女と私の寝かされた位置が手が伸ばせば充分届く距離だった)。
びくっとして怯えた目で彼女は私を見た。
「私も同じ気持ちだよ・・・決心したことだけど、でも割り切れないよね・・・。でももう、終わったんだよ。仕方なかったんだよ、でも、もう大丈夫。大丈夫だよ。泣いてもいいんだよ」そういいながら、私もまた泣いていた。
意味不明だし、自己憐憫丸出し。
そう思われても仕方がない。
なにせ、この時点で私は既に人殺し。
けれど、何故か彼女を慰めなければいけない、と強く思ったことを覚えている。
彼女に「もう少し休もう。貴女も私も休まなきゃいけないみたいだし・・・」といい、手を繋ぎながら二人して、涙にくれていた。
看護婦は非情にも(というか、二人しか横になれない部屋だったので仕方なかったのだが)それから数分経って「もう麻酔も完全に抜けてるね。あーちゃんさんは待合室で会計を待ってくれる?」と私に言った。
独り残される彼女の手をギュっと握って、もう一度だけ「大丈夫」と言い、看護婦さんには「見苦しいところをお見せしてすみませんでした」と謝罪して、おぼつかない足で待合室に戻った。
会計の待ち時間、私の頭の中は真っ白だった。
ただ、もう私のお腹に子どもがいないことだけを理解していた。
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・・・だめだなぁ。
これは、一生背負っていく私の罪。
書き終えた今、涙が止まりません。
けれど、全て事実です。
(偶然にもウルフルズのライブをテレビでやっていて、「なんだか泣けてくる」を歌ってます。
真逆な歌だけど、私の場合なんだか、じゃないけれど・・・いいよね、泣いても)
一番哀しいのは、堕胎手術をした日にちを覚えていないことです。
覚えていない、ということは命日が判らない、ということ。更に今、生きていれば何歳だったのかが判らない。
命日を弔ってあげることが、出来ないのが辛いです。
毎年、お盆の時は私は心の中で子どもに声をかけてます。
自己憐憫に思われるかもしれませんが、せずにはいられなくて。
これは私に下された罰。自業自得だと思っています(=記憶がないこと)。
カウンセラーに一度催眠療法で、この日にちだけでも導きだして欲しい、と言ってみたことがあります。
色よい返事はまだ貰っていませんけれど。
正直ギリギリまで、この記事をUPするかどうか悩みました。
内容自体、もっと柔らかく包んで、錯乱状態の自分を書くことは止めようかとも思いました。
でも、勢いで下書きを書いた段階では、この部分に関しすらすら文章が打てる自分がいました。
推敲する段階になって、後悔の気持ちが出てきたのですが、10年以上前の話。
今がその時期なのだと、そう考えました。逆に言えば今書かなければ一生書けない、自分のした最低なことと向き合えない、と思ってUPしました。
決して読んで心地よい話では(逆に不快感を感じさせる話なのに))ないのに、ここまで読んで下さってありがとうございました<(_ _)>
※私が子どもを産まないと決めた理由の一つは、私のコは、この時自らの意志で葬ったコだけが自分の子どもだと思っているからです。
不健康な考え方かもしれませんが、夫は理解してくれています。そんな夫に感謝してます。
本日はこれで・・・<(_ _)>