ども。
あ~、母とのことは書くことが多すぎて、頭がウニ!(笑)
ということは判りきっていたことだけども~。
さてさて。
親ともいえど、同性は難しいと思う。これはどこの家庭でも同じかな?難しさの度合いは違うだけで。
基本、母は私の言うことの否定から何事も始まる。
例えば、買い物。これは、私の好みは全て却下。
母は、ブランドが好き(とはいうものの、いかにも!なブランドではなく、趣味はいいとは思う)。
そして、娘にはいかにも女の子らしいのを望んでいた。
その反動なのか、今も私は着るものに関して「着れりゃいい」なんて思ってる(一年中、殆どジーンズ+Tシャツ(^^;))。
なんでか、というと母の望む服を買い(ちゃんと試着するのに)、家に戻ってそれを着ると「・・・この服、すごく可愛いのにアンタには似合わないな~」と言ってくるのだ(これが実家を出るまで続く)。
こんなことが続くと、流石に学習はしていくので、私は「おかーさんの買い物には付き合うけれど、私のはいらない」と公言していた。
少しずつ、娘(私)の自我をコントロール出来なくなってきた、と気付いた頃、今度は「アンタの好きなもの、選んでいいから」と懐柔してくるようになった。
「これはどう?」「こんなのは?アンタの趣味に合うんじゃない?」と、あなたはブティックの店員ですか!というぐらい、しつこく感じた。
私はそれをきっぱり断る。ジョジョ風に言うなら「だが断る!」だな(笑)(すんません、好きなんです(^^;))
着るもので、ベーシックになるものはいいものが着たいし、それは自分で買った(ダナ・キャランのスパッツ最高!てか、最近はスパッツと言わないんだっけ)。
最低限のものは、それなりのものを買ってきた。
で、一緒に買い物に行ったとしても私の「だが断る!」が判ってきた母は、今度は自分の買い物の時に私の服を買ってくる。
正直、うんざりした。
モノで釣ろうとしている、と考えていたのは私が歪んでいるからか。
でも本当にその行為はイヤだった(これは実は現在進行形・・・_ノ乙(、ン、)_ ハァ)。
お次は、全ての女性の悩みといえる、体型、容姿について。
母は、確かに努力して、年齢のわりには綺麗な体型をしていた。その努力は凄いと思う。
当然のように自分と娘とを比較することがなければ、素直に母に対して対応出来たと思ってる。
というのも、自分の風呂上りに居間でテレビを観ている私を見つけると、ほぼ毎回自分の足を私の腕と比べて「肩から足、生えてるな~(ケラケラ)」とイヤになるほど言ってきたのだ。
そして、いろんなダイエットを私に試させた。もちろん「あなたのために」という言葉とセットだ。
母の執念みたいな勢いに負けて「これがいい!」とその当時、流行っていたいろんなダイエットをした。
リンゴダイエットもした。パイナップルダイエットもした。なにやら体にオイルを塗ってサウナスーツを着込み暑い日差しの中、ダラダラ汗を流すのもやった(自説だけど、ダイエットっていうのは、自分から「やるぞ!」と思わないと出来ないと思う)。
当然、母ご推薦のダイエット方法に挫折。そうすると母は哀しげにつぶやくのだ。
「アンタは、女の子らしくなりたいと思わないのか?」と。
おかげで、思わなくなった(だからか?男友達が多かったのは。気が楽だったし)。
また、習い事の関係で帰宅が夜になったことがある。
その時、痴漢にあった。
とてもショックで(お互い自転車で、私の横を素通りし、Uターンし、私に向かってきた犯人は私の乳房をぎゅっと掴んだ。風呂場で確認したら、指のあとがくっきりついていた・・・)半ベソをかきながら、そのことを母に言った。
母は「アンタみたいな顔でも、夜は判らんから、そんな目にあうんだ!」と怒った。
痴漢に対する恐怖感も消えない代わりに、母の言葉も突き刺さった。
そっか、そんなに私はブスなのか・・・と凹んだ。てか、フォローは?恐怖感に囚われている娘に対して、何か安心させてくれる言葉はないのか??うん、無かったな・・・il||li_| ̄|○ il||li
そして髪型。母はロングが好きだった。私は毎朝こんがらがってしまう髪にきぃぃぃ!ヽ(`Д´)ノとなっていた。
あ、これは幼稚園から高校生までの間。
そして、母好みの髪のまとめ方があり、それをさせたがった。長い間、それをしていたけれど行きつけの美容院で、私の担当に「私に似合う髪形って何だと思う?」と相談し、母に内緒で(その当時は同じ美容院に行っていた)ショートにした。
母は、上品な顔をしながら、目で怒っていた。担当者に対して(今は担当者が独立したので、私と彼とで好きにいろんな髪型が出来る。その度に「あーちゃんのお母さんが知ったら怒るだろうな~」「だろうね~。でも関係ないよ(笑)」と漫才みたく、話している。担当は母の性格を知ってる数少ない相手なので、私はとても気楽に通える)。
ここまで母に対して真逆なことをしてきたのはいいけれど、自分の方向性を失いつつあった。
とある日、私の将来の仕事について、母は酔っ払っていたのだが(母が言うには缶ビール500ミリリットルでは酔わない、ということだったけれど、充分酔ってた)私にどういう仕事につきたいのかを聞いてきた。
で、物書きになりたい、と私は答えた。
次の瞬間、母はキレた!
「私はなぁ、女の子らしい子どもが欲しかった!料理が出来て(出来ますが・・・少なくとも、あなたよりは美味いものが出来るぞ)、裁縫が出来て(これは・・・出来ません(^^;))、女の子らしい趣味を持って(悪かったな~、モデルガンとか、男っぽいものが好きで。あ、読書の趣味も悪い?そりゃすんません)パパ(父のこと)みたいな優しくて、社会的地位のある人から望まれる女の子が欲しかったんや!そうや、アンタは私の娘じゃない!」
(上の言動は母は覚えていない(確認済み))。
つまり、母は自分の中の理想の娘像を作り上げていたのだ。
それが中々巧くいかない。当たり前だけど。
で、その言葉を浴びせられた時、私の中で警戒警報が鳴り響いた。
私は母のために生きているんじゃない。
私は愚かかもしれないけれど、自分で自分を生きたい。
これは・・・今まで以上に母との関係に精神的にも物理的にも一本線を増やさなければ、と思った出来事だった。
本日はここまで・・・
ではヾ( ´ー`)