先日、花火大会に行ってきた。
花火大会は、多い時で3回ぐらい観に出かけることがある。
今年はガソリン高騰のため(^^;)地元の小さな花火大会に。
で、地元の花火大会だけはかかさず行っている。
夫と出逢ってから、毎年。
前にブログネタでも書いたけれど、場所取りを先にしてあとは車の中で読書。アウトドア風インドア?
で、始まるまで、本を読みその世界に浸る。
実は、こういう時じゃないと、もともと読書好きなのに読めない。
子どもの頃、学生時代はそれこそ本が私の生きる世界だった。
冬の場面だと、自分が冬の季節に入り込むぐらい集中していた。
今は、一人でいる時何も出来なくなることが多い。
ネットをさまよって、いろんな記事やブログを読むけれど、それも集中出来ないこともある。
話を戻そう。
花火大会開始の時間が近づき、車から取っておいた場所にうつる。
始まった。
いろんな色の花火が大空を彩る。
「すっご~!」「え?新作か?」みたいに最初はワクワクして、年齢を忘れてはしゃぐ私。
ところが、中盤になってくると、夫が隣にいて最高に楽しいのに、何故か涙が出てくる。
自然と、夫の手を求める。それを察した夫は優しく手を繋いでくれる、
(アホな夫婦と思ってくらさい。私らは、未だにお出かけする時手を繋ぎます(*v.v)。)
花火が綺麗だなぁ、と思いながら、涙が止まらない。
そういえば、子どもの頃毎年花火に行くとか、そういうのは無かった。
父の仕事の関係もあるし、それを恨んだことはない。
でも、私はそれを望んでいたんだ、と毎年の花火鑑賞で思い出すのだ。
母は、自分だけで子どもを連れていく、ということはしなかった。
大抵、母の友人家族と一緒。
そこでも前回と同じで、私は盛り上げ役+私より小さなコのお守りになる。
純粋に楽しめたことがない、というのが哀しいのだろうか?
母が社交的なのはいい。
社交的な母の友達も同じく社交的。けれど、今の私が過去に戻れたら母を含め他の親に言いたい。
「自分の子どもの面倒は自分たちで見やがれ!」と。
類友というか、母の友人もビールが大好き。だけど、自分の子どもの面倒を私に押し付けんなっつ~の!
楽しい花火大会。今の私の花火大会。
自分と愛する人とだけで一緒に見られる幸せ。
幸せゆえに、涙が止まらない。
私は、季節ごとのイベントを夫と重ねていって、自分の子ども時代を癒しているのだろう。