ども。

初めて一日休んでしまった。


コレは私のブログで、毎日強制的にUPしなければいけないワケじゃないのに、書けなかったことに罪悪感を感じてます。


私ってやつは、ほんと~に「どこを切っても罪悪感」みたいな厄介なおなご・・・。

前回、夫に「ありがとう」を言えるようになった、と書いたし、実際そうなんだけど、私自身、まだまだ「罪悪感」を巧くコントロール出来ていないことがまだある(^^;)。日々精進でする。

けどまぁ、今はそれをココロの中に軟着陸させて「大丈夫、大丈夫」と自分に納得させて、やっと「心配かけちゃった、でも大丈夫、ありがと」と言えるようになったのは進歩かな。

考えを表現することに(言葉に出すこと)時間をかけていい、ということを知ったのも夫と出逢ってからだったかもしれない(カウンセリングのおかげでもある)。


さてさて。

この罪悪感という感情だけど、人によって他人に無意識下で相手に罪悪感を抱かせ、イヤな思いをさせる、ということが出来る怖いものだと私は思ってる。

家族関係やパートナーを自分の支配化に置きたい時に巧妙に使う人がわりといると思う。あ、会社とかでもそうかな?社会全体といってもいいのかな?


人付き合いで相手に、無意識に「これ断るの?否定するの?」的な発言者からの罪悪感もれなく発生付属物発言に対して、無意識でサクっと振り払える人、学習して振り払える人、無意識で受け止めちゃう人に分かれると思ってる。

私は見事に無防備に受け止めてしまう側で、相手を調子付かせてしまうタイプだった。

やることはやる!というしっかりした、責任感のある人もわりと引っかかってしまうように思える。


私は、親類の集まりになると、孫の中での仕切屋になっていた。まぁ、他のいとこたちと違って、年齢が二番目に上ということもあり(一番上は兄だったが、母公認で免除。なんでだよ。という話は後日書きます)これはこれで、仕方ないかな、とは思ってたから(ん?同年齢のいとこもいたはずだが・・・)私が自分での意思でいとこのまとめ役を買っていたのだな(だめじゃん私)。

で、それだけならまだいいけれど、何故か、大人の集まりの盛り上げ係も私の役目だった。


祖父のお祝いにいけなかったことがある。私は県外の学校に行っていて、しかも試験中。来てくれ要請が母と祖母からあったけれど、彼女たちにとって優先順位は「祖父を【あなたが】喜ばせること」だった。私のコトは頭にない。試験っていうとるだろーが!と初めて逆らったと思う。


当然罪悪感はあった。行けるものなら、行きたいさ!

私、じーちゃんが大好きだったし。

で、申し訳なかったので祖父に宛てた手紙を書いたが、なんと、その祝いの席で親類が揃ってる中、朗読されていたil||li_| ̄|○ il||li。

しかも、後日談として「他の親類からも、「あのコがいなくちゃやっぱり盛り上がらないな」て言ってたよ」とご親切に母子(祖母・母)揃って電話でねっとりとした口調で言われ(表面上は仕方ないもんね、という透け透けのオブラートに包んである)、私の罪悪感は増加。


じーちゃんのお祝いに行けなかった。じーちゃん、ごめん。親類の人も(今思うとなんで?と疑問だけれど)盛り上げ役をしなくてごめん、と。しばらく、罪悪感でのた打ち回ってた。


けれど、その当時はまだ自分で答えを出せたので、のた打ち回った結果「いやいやいや、ちゃうぞ。これは、私の出した結論通りに動いて良かったんだ。試験だし、県外だし。呼ばれたらすぐ行けるような距離ではない。しっかりせ~!自分!」と思うことが出来た。

ちろちろと、小さくくすぶっていた私の心の中に「罪悪感様のお部屋」があるのを知った時期でもある。


他には、同じような状況で自営業していた祖父母の仕事の手伝いを頼まれたことがある。

「だから、ムリだって!短期間のバイトさん、探してよ」と祖母・母に言っても「アンタじゃないと意味ない(なんで?)し、それやったら仕方ない。なんとかするわ(落胆声)」


で、またもや「役に立てなかった・・・ごめん」と罪悪感が出てくる。

そしてふと矛盾に気付く。「なんとか出来るんやったら、言ってくんなよ!」ということに。


あ、そうだ。

祖母から「最近、アンタのお母さん、冷たいけど私なんかしたかなぁ?それとなく聞いてくれへん?」と父との間だけでなく、祖母との通訳まで私の仕事であったことも思い出した_・・・ノ乙(、ン、)_ 。


祖母&母。この二人のタッグは強烈だった。

共依存の典型だったなぁ、と今だからこそ判る。


で、最近もう一つ判ったことがある。


母は私の母になりきれていなかった。というか、「自分も母」という自覚がなかった。

祖父母の娘であり、夫の妻であったけれど、子どもに対しては「母親役」になることが頭になかったように思う。

PTAの会合に出ていた記憶がない。子ども会には入っていなかった(子ども会のお祭りに参加しかこと皆無)

自分の世界を守ることと、自分がどれだけ幸せかをアピールするのが好きだった。

ご近所さんとの井戸端話(私も好きではないけれどもさ)には一切入らず、いわゆるピーナッツ母子(私から見たら祖母・母)だった。

優しい夫(父)に守られ、習い事をし、自分もその習い事の資格を取って教えることもし、週に半分以上は実家に顔を出す。


父は、苦労人だったので自分の力で母の望む結婚式をあげられなかった、という負い目があり(母方が全部用意。お金はなんとか用意出来た・・・って、それで充分だと思うけど、そっか、父にも罪悪感を植え付けていたんだな)、夫婦で遠出をしたあとに、絶対!といっていいほど妻実家詣をさせられていた(後年、逆らっていて母とケンカになっていたが)。


あいあむなんばーわん!な母。

だから、私が自分の意見を言うと「あなたのため」とくどくど説明して、自分の思う通りの結果に誘う。

結果として私の中の罪悪感部屋が定員オーバーになったわけだけど。


一つ、(私にとっては)すごく怖い話を書いてみる。


私自身、すでに成人していたんだけれど、自分の悩みを友人に聞いてもらうことを数日前から約束した時の当日、少々帰宅が遅くなることを電話で連絡した時のことだ。

なんと、母は泣いたのだ。ひっくひっくと、子どものように。

曰く「なんで!?(以下涙声で)友達に相談って・・・アンタのことは母親である私が一番知ってるのに、どうして友達になんかに頼るの?私はアンタの為ならなんでも出来るのに、友達がいいの?」

それに対して「いや、判ってるよ、おかーさんが心配してくれることも、私を思ってくれることも。でもさ、同年代の友達に、聞いてみることも大事だと思うからさ(ここで母を泣かせたという罪悪感をひしひし)。別におかーさんをないがしろにしてるわけじゃないって。な、判ってよ」


ここで、「・・・そっか。判った。アンタの友人関係のことをとやかく言えへんわな」と言える母なら良かった。

しかし母の答えは予想を遥かに越えていた。

「アンタは間違ってる!友達の言うことなんてアテにならへん!私がアンタを一番理解してあげれるんや!(断言)」


∑( ̄□ ̄;)ゑ?!

・・・すごいでしょ?

これは話をしててもラチがあかん、と思いとにかく強行突破した。


その時、思春期の時、思ってた記憶が蘇った。

「私はお母さんを喜ばせるためのロボットじゃない!」

上記の電話での会話で、あの時の感覚は正しかったんだ、と確信した出来事だった。

ちなみに、ロボットじゃない発言をした当時、あまりの勢いで泣きながら母に言葉をぶつけたからか、私はよろけてしまった(立って泣きながら話すと、平行感覚がゆらぎません?私だけかな?(^^;))のだ。で、そんな状態の私を母は蹴ってコカし、更に蹴る、という暴挙(大袈裟?)に出た。

「母親をなんと思ってるんや!」という台詞と共に。


今なら判る。母はなんちゃって母でしかなかったから、母親として怒ったわけではなく、自分を否定する台詞に激怒したんだ、ということに。


ぐぁぁ、またしても長文(^^;)。まとまってないし(反省)


ここまで読んで下さって感謝です<(_ _)>。


罪悪感話、というか母との確執話はまだあるので、おいおい書いていきます。


ではヾ( ´ー`)