ども。
昨日の続きです。
註・今日は夫から聞いた話が多いので、自分のコトなのに第三者風に書いてある部分があります。
夫と出逢った頃の私は、会社や元の家族にも外面良子ちゃんをやっていて、DV・モラハラ男とのコトを巧く心に軟着陸も出来ないでいた。
正直思いっきりキャパシティの容量はオーバー(無意識下で)。
で、きっかけは、外面良子ちゃんモードで、オフ会で出逢った夫と数回逢うことになり、何故か?付き合う、みたいな展開になってきた時。
おっかしーなー。友達なんてもういらない。こんな歪んだココロを持ってる私が誰かと付き合うとか、恋愛、結婚をするとか考えられない、って私は思ってたはずだったんですよ、マジで。
だから、えぇい!言っちゃえ!とぶちまけたのです。
100%エゴ。夫にとっては災難だったと思います。けど、これからも一緒にいると、もっと災難に遭うよ、という気持ちで、こぉんな女だよ、止めといた方がよかですよ、貴方が話している相手(私)は、自分で自分を作っている腹黒リータの外面良子ちゃんだ、とカミングアウト。
ところが、思いもよらず、彼は冷静で、全く先入観のない、第三者の立場にたってくれた。
黙って話しを聞いてくれただけではなく、それどころか「うん、それで?」と促してくれた。
だから、私は思い切って自分を、生まれて初めて感情のままに、自分の思いを全開で放出してしまった。というか、止められなかった・・・。
話す内容はあっちこっちに飛びまくってた。
なんてたって、自己評価が低い。も~、底辺というかマイナス。
話し終えてしまうと、今度は不安感がどんどん大きくなってきた。
出逢えて、受け入れてくれて嬉しかったのは事実だけど、巻き添えにしてしまう不安の方が当時は大きかった。
結局付き合うことになり、夫のトコに言わば押しかけ女房的に(妖怪?)尋ね続け、そのままなし崩しのように暮らすようにもなっていった。
このことでも、自分がとても情けなくなった。
けれど、実家にももう戻りたくない。通訳もイヤだ。自分をさらけ出してしまった以上、もう仮面は被れないと悟ってしまった。
彼は、私の話を聞いていろいろ調べてくれていた。
それを知り、嬉しいと思う反面、彼を「私のココロの問題」に完全に巻き込むことへの罪悪感が沸いた。あぁ、ホンマに厄介なヤツだ、私。
逃れられないアンビバレンツな気持ちが湧き上がってきた。
所謂かまってちゃんと、察してちゃんが私の中に同居して、その反面、もう一人の自分が「他人を巻き込むな!」と怒っていたわけだ。
自覚あるなしで、いろんなことで夫を困らせてもいた(最低です)。
いわゆるヒステリー(解離性人格障害)や、遁走障害、健忘障害。加えて混迷状態にもなって、自分の人格が崩壊寸前で・・・。
一例を出せば。
真夜中雪の中に、私は飛び出していったそうだ。
浮遊感が身体中をまとっていたように、雪の中、歩いていたことをぼんやりとは覚えている(実際、探し出してくれた夫から、最近聞いた話でもあります)けれど、どうやって家に連れ帰ってもらったかは覚えてない。
日々、感情の爆発に次ぐ爆発。勿論、穏やかな日が無かったわけではないけれど、圧倒的に不安定過ぎる?日が多かったと思う。
夜の営みはあったが、その時、よく私は私でなくなっていたこともあったとか。
未だ、夫から詳しい話は聞いてないけど、自分を違う名前で読んでいたようで、年齢も違っていたとか、もごもご・・・。
主治医の見解と、自分で色々調べた結果、そういうのを憑依状態と言うのだとか。また病名?増えたのかよ、って感じで、更に落ち込みモード。
また、DV・モラ男との営みを思い出して、その最中(ナントナク、スンマセン)過呼吸にもなったそうで・・・。
あ、引かれてる感がひしひしと(^^;)
でも、書いちゃいます(苦笑)
一番の大きな、アホな行為は自傷行為。
カッターは当然で(をぃ)寝ている間も、手首をかきむしり、夫が仕事に行っている間、どうやって死のうか、と考えてばっかりいた。
あまりの辛さに自分が何をしたいのか判らないまま、眠剤をODして救急に運ばれたこともある。
後日、主治医に「あー、やっちゃったか・・・正直、今は眠剤だけで死ぬことは出来ないんだけどな。あ、今出してる薬を全部飲んだら、判らないけど」と、をぃをぃ、それを今言うか?てか、自殺出来る薬の飲み合わせを言うなんて~、と驚いた。
彼にその話をしたら、ウケてた(^^;)。ってそんな暢気な話題ではないだろうに、彼は相変わらず支えてくれていた。
今でも毎日帰るコールをしてくれてるけれど、当時、私が電話に出ないと何かバカなことをしているんじゃないか、と帰宅するまで不安で仕方なかったと言ってた。特にODの後は。
主治医にも約束をさせられた。というか、一種の契約かな?
「今後、こんなことはしないと約束できなければ、診察を拒否する場合もあります。ここにはいろんな想いを抱え込んでやってくる人がいますが、あなたと同じように生きる意欲が無くなる人も少なくありません。あなたは、何のために病院に来たのか?それを思い出して。そして、これだけは約束してください。決して自ら命を絶つ、ということを二度としないということを」。
この言葉をけして忘れてはならない、と思ったことは覚えている。ただ、守れるか?と不安にもなったけれど。
私の行ってきたいろいろな迷惑行為で、これだけはやめて欲しい、と夫が言った行為がある。
所謂、遁走行為と、私がなんでもかんでも「ごめんなさい、ごめんなさい」と言ってしまうことだ。
自分でも気付かなかったのだけど、「ありがとう」が言えなかった。申し訳なさが先にたつから・・・。そして自分が消えたい気持ちが強くなり、遁走してしまう(当時、刃物や薬の管理を任せていたので、衝動的に飛び出してしまうみたいだ←第三者的な見方なのは、自分でもよく判らない)。
こんなにアホな私を大事にしてくれる夫を、どうして傷つけてしまうんだろう。どうやったら解決出来るだろう。
アホな私なりに考えたのが「これからも、しばらく落ち着くまで、刃物・薬の管理をお願いします。で、ヤバそう、と自分で感じたら、規定量の眠剤飲んで、寝逃げます」宣言。
これを夫に約束した。
そして、どうしても、死にたくて、消えたくてたまらなくなり、苦しくなったら入院する、という約束も。
彼は「うん、それがいい。オレも気が楽だ」という約束が、今の私たち夫婦に繋がっているわけです。
ちなみに、任意入院はしたことがある(ACの一つに生き辛さ、というのがあります)。
そんなこんなで通院を始めて、数年後、やっと夫にありがとうが言えるようになった。人として当たり前だけど(病院や他の人には言えるのです。外面良子ちゃんですから)身近の、私を愛してくれる人にずっと言えなかったのに(言わされてた過去はありますが・・・これは別の話)。
けれども、時々プレッシャーやス強いストレスに晒されると、揺れてしまうわけで、昨日の記事に書いたように「別にいいんやよ?もう、大丈夫だから」なんて自分でもうざいけれども確認せずにはいられなくなる。
で、昨日書いた記事の最後の部分、私の確認する言葉を夫がどうして笑ったのか。
その理由は「今の不安定な状況はそれはそれで心配だけどさ、出逢った当時に比べたら「死」までは考えてないだろ?お前は、生きていくことを選んで、生き直そうとしている。それだけで充分。これからオレと猫たちと一緒にずっと生きていければいいんじゃね?」。
うん。私は私を生きたい。
私の人生、過去、いろいろあったけれど、それも含めて今の私がいる。
それを含めて愛してくれている夫に、感謝です。
こーいう精神的な病は移る、とよく言われるけれど、夫は寝たらすぐ忘れるタイプで、他人に影響を受けないタイプ。私がどれだけ悩んでいても、睡魔に負けて寝てしまう人なので、良かったのかもしれない(これが、一緒に深夜まで私の話を聞いて、一緒に悩んでいたらどつぼだったと思う)。
また、話したことをすぐ忘れるトリ頭(出逢った当初は懐が深い、と思ってたけどホントは懐の底がない(笑)人だと最近判った(^^;)。
そうそう、私が外面良子ちゃんであるのとは逆に、夫は人づきあいが苦手なタイプで、話すのも苦手。私は自分の喜怒哀楽を愛してやまない身勝手な人間なので、割れ鍋に閉じ蓋夫婦だと思っているわけです(;´▽`A``。
正直、依存度が強い、と思って不安になった時期もあったけど、今は適度な保ててると自負出来るし、だからこそカウンセラーも甘えていい、と言ってくれたと思います。
うわ~、アメーバーで知ってる方が読んだら引くよな~~(^^;)と思いつつ、書きました。
ずうっと書けずにいて、今もうまく表現出来ないけれど、書こう、と思ったらいろいろ順不同だけど、今書きたい!と思ったので、今が時期なのかな?と勝手に解釈して書いてます。不快な人も多いだろうとも・・・。
それでも、書きたい、という気持ちがあるうちは、書いていこうと思います。
今日も読んで下さってありがとうございました。<(_ _)>
ではヾ( ´ー`)