※すみません、下書きのつもりで途中まででUPしてました(^^;)これが完成文章です。申し訳ありません<(_ _)>。
さてさて。
今日は広島に原爆投下された日です。
今も後遺症に悩む人がいます。また、亡くなられた人に冥福を・・・。
昨日の続きですが、上記のことにも関連してきます。
「何故戦争というコトをするのでしょうか」という一番アホな行為が人間が未熟ゆえの行為だと思っています。
そして、同じ種を殺しあうのは、人間が圧倒的に多いです。
何故なのか?
何故、アイデンティティの住み分けを出来ないのか。それが一番の疑問です。
前回、人間には理性と想像力がある、と書きました。その反面「恥」という概念も持っています、とも書きました。
戦争になると、その「恥」は「自国のため」という大義名分を手に入れたら、無理やり消されています。
(が、覚せい剤(過去日本で使われていたヒロポンはまさに戦争のためですね)などは、戦争行為を正気で行えないために使われた、という説がありますから、「大義名分」なんていうモノだけでは「恥」という概念は中々消せない、というのが事実でしょう)。
想像力があるからこそ、勝手に思い込みます。
「戦争をする意味はある」。
私は「それは、ないない、思い込み」と思います。
よく言われること。世界平和。
これって、すごく判りにくいと思うのですね。
だって、それぞれの民族によってアイデンティティが違うのだから、人間が「同じ思考を持って」平和にしよう、なんて出来っこない、と思うのです。
それこそ、こーいう時、想像力を駆使して「同じ思考」なんていうわけの判らないことに意味がない、ということを知って欲しい。
何故、違う認識を持っている民族に対してその認識を尊重出来ないのか。
宗教戦争ならば、特に思います。
「神」という概念を持つのも人間だけで、神を守るために、命を落とす。
まてまてまて、と私は思うのです。
神よりも何よりも「自分の心を守れよ」と。そして「自分の心に浮かぶ想いを考えろよ」と。
何の為に「思考」する力が人間に与えられたのか、それを考えると「戦争になんの意味がある?」と私は思ってしまいます。
人間以外の動物も戦います。しかし、それは「生き残る」という本能ゆえ。戦いを仕掛ける方も「生きるため」です。シンプルかつ合理的です。
が、人間の戦争はどうでしょうか?
実際終わりがないのです。
うあ、大風呂敷を広げちゃった?
で、何が言いたいかというと、人間も実は自然の一部である、ということ、なんです。
あたり前か(^^;)
それを思いっきり認識した理由。ここ数年(十数年?)の異常気象です。
今更CO2を減らそう?それって夏休みの宿題をすることをギリギリまで引き伸ばして30日、31日に慌ててやっつけ仕事をしている小学生と何が違うのだろうかと。
私の大好きな漫画家さんの作品の中に→のようなくだりがありました。「大人は何故【戦争は正しくない】といいながら武器を売るんですか?こうもあっさり人の命を、何故商売にしてしまうんですか?繰り返し爆撃して、大気を汚してしまうヒマなんて無いのに。地球はもう人間をウィルスだと認識しつつあるのに。だから、地球は自ら抗体をCO2にして熱を上げて処理をしているんだよ?風邪で人間がそうするように~中略~人間はちっとも利口にならないから地球に見限られたのかもしんない」(白泉社・日渡早紀作「ボクを包む月の光」より引用)
いやいやいや。
マンガとはいえ、いや、マンガとか表現するものは関係ないか。とにかく私は「なんて強い説得力だ」と思いました。
いや、それでも、まだまだ人間は捨てたもんじゃないよ、と思いはします。が。これは私自身の悲観論とでもいいましょうか、この作品の言葉通りじゃないかとも思うのです。
私は無神論者ですが、こういう時(人間が異常気象などで自然界に圧倒される時)神のチカラを感じます。
今の時代、人間は自然淘汰されているのではないかとも思ってしまうのです。
それではまたヾ( ´ー`)