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毎年恒例・春の鎌倉散策

まるでジェットコースターの様な気温の変化が続く中
珍しく小春日和の2日間を鎌倉散策した。


江ノ電でサーフインで賑わう海を眺めながら
長谷で降りる。

長谷寺は、前にも来ているが、あの大きな観音様のお顔を見たくて
又来てしまった。


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観音様は撮影禁止なので、木陰の可愛らしいお地蔵様をパチリ。


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宿泊予定の由比ガ浜まで歩きながら、途中<鎌倉文学館>も見学。

例年の様な日帰りでは、こんな山奥までは足を延ばせなかった。


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大正から昭和にかけて、こんなにも沢山の文学者が此処に住んでいたとは。
古きよき時代を、そこに見た。


宿泊は、大正ロマンがそのまま残されている洋館建ての旅館
テレビで見て、いつもの野次馬根性を発揮して…。


確かにロビーも階段も 趣があったし  

部屋も、立派なベッドルームとは別に、小さいながらも、

リビングと食堂があり、夕食、朝食共に部屋食。


いつものホテルとはまた違った雰囲気だった。
 
翌日は、いつものように若宮大路のウインドーショッピング。

パパの好きな刀剣のお店にも入って研ぐところを見せてもらったり。


何年振りかで(何十年振り?)鶴が岡八幡宮にも参拝。

先月の強風で折れた大イチョウの木。

小学校の遠足で源実朝を暗殺するために甥の??が隠れたと教えられたっけ。


注連縄で囲まれた根っこには、もう沢山の新芽が芽吹いていて
観光客も群がり、新しい観光名所の感があった。

群がったうちの2人はわれわれです


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これもいつもの様に小町通りを歩いて、目的のひとつ「生しらす丼」をたべて、
京都の近為で漬物を買って江ノ島向けて帰路につく。

そうそう、今回は鎌倉コロッケも買って半分ずつ食べながら

歩いたんだっけ。                          4/19記

眩暈

二月一日の夜中から、寝返りを打つ度に酷いめまいが起こる。

何年か前に朝の起きがけに回ったことはあったが、それきり忘れていた


目を瞑っていても回転が分かるのだから辛い。

朝起きたら、外は銀世界。


ソロソロと起き出して、家庭医に電話する。

「う~ん、こんな雪の中病院には来られないでしょう?
薬を出してあげるからご主人に取りに来てもらいなさい」
と。

かくて、早々に欠勤を決め込んで布団を被っていたパパは
日比谷まで薬を取りに行かせられる羽目になりました。ゴメーンごめん


原因は?

よくわからないけど、強いてあげるなら、前日の夜、
メールがパンクしてしまった。

大事な添付があるので
娘と電話で話しながら夜中まで奮闘してたからかな?


もらってきた、メリスロンを飲み、とりあえず眩暈は治ったものの
ふらつきは1週間ほど続いたかな。

三半規管のリンパ液も動きが悪くなったのか?
とにかく、いきとし、いけるものすべてこうやって徐々に枯れていくのだろうね。

高齢になってどこも、何ともなかったら返っておかしいもの。     2/9記


因みに、2週間後にも明け方に眩暈はあったが、薬を二日ほど飲んだら治りました。

河口湖 冬の花火大会

しばらくおとなしくしていたので、身体がうずうずしてきた。


本格的な寒さが来る前に行こう…と
秋に見た富士山の雄大な姿が、又見たくて
急遽河口湖へ。



ネットでホテルを探していたら
たまたま、「湖上の花火大会」が行われると出ていた。


早速、手配して車で河口湖をめざす。

日曜日で、高速道路全線1000円の影響か
近場は、逆にすいすいと。


観光地にとっては気の毒だな汗


最近は暖かい日が続いていたので、スリップの危険など
考えても来なかったが、山蔭などはかなり、凍結していて
「パパ、気をつけて!」の悲鳴が車内にトドロイタ。

待望の富士山は、くっきりと青空に映えて
感動のため息の連続。

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やっとたどり着いた湖畔のホテルは、
外人観光客が相手のホテルのようで、

バイキングの食事は期待に反したけれど、
消灯した部屋の中から見る目前の湖上花火の競演は

それを補っても余りある程、素晴らしかった。


ビデオは持っていかなかったので、デジタルカメラの動画で
しっかりとってきた。

息子がCDに焼いてくれたけど、十二分に雰囲気はつたわる。
今の、メカの精密さにいまさらながら感心する。


2日続けて花火の夜を堪能。

久保田一竹美術館では、幻といわれた一竹辻が花の絞り染めに女心をときめかせ、


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河口湖ミューズ館の「与 勇輝」の木綿人形の表情に心をほんわかさせてもらい帰路に着いた。
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思い付きだったけど、冬の寒さをしばし忘れた三日間だった。   1/16記

遂に大台に乗ってしまった

子供達がお祝いの食事会をしてくれることになった。
「体調を維持してね」の娘の言葉に、けっこう気を配ったつもり。


それでも、駄目だった。ハートブレイク

ここ数日の温暖の差が激しいのもあって、遂に風邪をひいてしまった。泣き1


いつもの自信過剰で、お墓参りに、勉強会にと寒風の中を頑張ってしまった結果
肝心の家族会は延期に。



連休でもあり病院行きが遅れたこともあり、
結局4日間、高熱と激しい咳に悩まされる羽目となった。


熱もようやく下がったかと思った朝、咳き込んだあと突然心臓の動悸がおかしくなる。
心房細動だ爆弾


1日目は2時間ほどで収まってくれた。


ところが、次の日の夕方から脈は計れないほど早いのに
頭は空洞状態。


一晩中続いたので翌朝、主人に病院に送ってもらう。

車は、渋滞がひどいため、電車で。
(看護師さんに「電車で来たの?」と驚かれる。
ソレモ、ラッシュの中、手すりにつかまったままで…。私って気丈なんだなあ)


駅から予約の電話を入れておいたので
担当の先生で、9:30をとっておいてくれる。

早速連れて行かれた心電図室だが、計測不可能
血圧は99と、あわてて車イスに乗せられる。


PMを調べると、やっぱり心房細動らしい。

取り合えず、薬(サンリズム)を飲んで、様子を見ることに。
空いている診察室の診察用ベッドに寝かされて1時間半。


投薬後30分過ぎたころから、頭がはっきりしてきて、脈も取れるようになってきた。


お昼近くになって、やっと解放された。
10日分の薬をもらって帰宅。
「でも、度々起きるようなら、来院するように」と言われて。


原因は??

先生は何も言わなかったけど、私には多分?という思いが。


ともかく酷い咳が続いた。

右側にPMが入っているので、左を向いて寝ているが

咳き込むときに心臓にショックを与えすぎたのかな?


一番怖かったのは、風邪のウイルス。

堀会長がいつも言われる「風邪をひかないように!」

の言葉が、改めて思い出された。


70歳の自戒

ご先祖様も、予定行事も先ずは自分の体調を考えて。

これからは、今まで以上に自分を大事にしよう。

家族に負担と心配を掛けてしまうことになるのだから。        3/26記


幸いなことに、その後1ヶ月経っても

発作はおきていません。



2009年もあと数時間で

あと、12時間で'09年も終わる。

改めて振り返ってみる自分の1年間。


前年暮れのノロウイルスで苦しんだのが
尾を引いてお腹の具合が本調子ではなく、
結局Pmの入れ替え迄、あまり良いこともなかったのかなあ。


でも、バッテリーを充電してからは、俄然調子が出てきて、

結構充実していた後半期。


遊びだけではなくて、やりたい活動も
八分どおりは、達成できたんじゃないかしら。

もっとも、目標自体そんなに大げさなものではなかったけれど…。


主も、子供も孫もそれぞれに、何事もなく
無事に年が越せそうな事に深く深く感謝。


良い年を迎えられますように。


掃除の途中で、思いついて書いた、今年〆のブログです。