イーダちゃんのお花 | 電波女と小さな世界

イーダちゃんのお花



 あるところに、小さなイーダちゃんという女の子がおりました。イーダちゃんにはとても大好きな人がいました。いつもイーダちゃんに優しくしてくれるおとなりのお兄さんです。お兄さんはある日、イーダちゃんにとても綺麗な花束をくれました。イーダちゃんはそれはそれは大切にしていましたが、お花はだんだん茶色く、枯れていってしまいました。悲しくなったイーダちゃんはママに聞きます。
「ねえ、どうしたらお花が元気になるかしら?」
「お花をベッドで寝かせてあげたら元気になるんじゃないかしら」
 イーダちゃんはママの言うとおり、人形のベッドで花束を寝かせてあげました。イーダちゃんはその夜、泣きながらいつの間にか眠ってしまいました。

「ねえ起きて、イーダちゃん。私たちと遊びましょうよ」
 イーダちゃんが目を覚ますと、そこにはとても美しいドレスを着た女の人が立っていました。
「あなたは誰?」
「私はお花よ。あなたが私たちを大事にしてくれたから、こうやって出てこれたの」
 お花の妖精は美しく笑いました。イーダちゃんはその手をとって、ふわふわする世界へと足を踏み出しました。そこには色んなお花の妖精がいます。パンジー、スミレ、ポピー、アザミ、チューリップ、ヒナギク、マーガレット……。イーダちゃんの手を引いてくれたのは、ピンクのバラの妖精でした。イーダちゃんはとても楽しくなって、妖精たちと一緒に踊ります。その中でもひときわ美しい、青いバラの青年に手をとられた時、イーダちゃんは本当に嬉しくて嬉しくたまりませんでした。
「いつまでもいつまでも、ここにいたいわ」
 小さなイーダちゃんはそう言います。もう朝はすぐそこまで来ていると分かっていました。
「ここにいればいいよ」
 青いバラの青年は優しく微笑みます。
「僕たちはずっと君をここで愛してあげる。僕だってずっと君だけのものでいてあげるよ」

 イーダちゃんは青いバラの顔を見上げました。それは、お隣のお兄さんにそっくりでした。美しいお花の妖精たちも口々に叫びます。
「ここにいましょう」
「ここは優しいわよ、あなたを傷つけるものなんてないもの」
「ここは素敵よ。何もしなくてもいいの」
「ここは幸せよ。あなたはずっとここで踊っていればいいの」
 イーダちゃんは踊りながら考えました。ここにいれば、きっともう泣きながら眠ることなんてないのでしょう。何もかもを忘れたふりをしていられるのでしょう。この青いバラの青年も、私だけのものになってくれると言っているではないですか!
 イーダちゃんは自分のドレスのすそを掴みました。そして、自分に最初に手を差しのべたピンクのバラの妖精をみます。その妖精だけは、どうしてだかもう笑っていませんでした。彼女は言いました。
「本当にいいの?」

 イーダちゃんは忘れてなんかいませんでした。自分はもう、小さな少女ではないこと。花束を寝かせた夜は、随分昔のこと。あの花束はあの後すぐに枯れてしまったこと。あのお兄さんは、随分前に違う誰かと結婚してしまったこと。そして自分はそのことを忘れられなかったこと。ずっと、ずっと。
「だから今日、あなたは私の前に出て来たのね」
 もうイーダちゃんは小さい少女ではありませんでした。一人の女性である彼女は、青いバラの青年を見ました。
「私はきっと、あなたのことを完全に忘れることなんてできないでしょう。でも、私にはもう、あなた以外の人生が待っているの。だから私はここにいることはできないわ。さようなら」
 大きなイーダは目を覚ましました。隣には、今日自分が持つはずのウェディングブーケがありました。そのブーケには、ピンクのバラがたくさん、たくさん飾られていましたが、どうしてだか一輪のピンクのバラだけは、茶色く枯れてしまっていました。



『イーダちゃんのお花』
先へ進む為に、捨てること