昨晩週末の一件について話し合いになり、恐らく解決したようです。

とりあえず、一息。

これまでのことを考えると油断はできないけど(笑)


さてさて今日は、国際結婚についてつらつらと書いてみようかと。


個人的には、国際結婚もそうでない結婚も大差ないとは思っているのですが。

だって、違う家庭で育ってきてるってことは、それでもう既に違う習慣とか文化とかを背負って長い年月を過ごしてきているわけで。

そんなバックグラウンドを持つ大人が二人そろったら、そりゃあ国が同じだろうと違おうと、やっぱり大なり小なりぶつかったり、そうでなくとも「あ、違う」っていう部分を見つけたりするもんだと思う。


じゃあ、国際結婚ならではの違いはあるのか。

これは、イエス。

やっぱり同じ国や文化、環境で育っている相手だと、説明しなくても、言葉にしなくても理解してもらえる範囲っていうのが大きいと思う。暗黙の了解、というのがないのは時にしんどい。

特に日本て、言わなくても察してくれな文化だったりするし(その是非はともかくとして)、そういうのが身に染み付いているものにとっては、言わなくても分かってよ、という気持ちが気付かぬうちに沸いてしまっていたりしてオヨヨ、となることが時たま(?)あります。

でも逆に言うなら、言葉にすることがより多くなるわけで、気付かないうちにすれ違ったりだとかいうことが少なくなるのかもしれないし、勘違いも防げるかもだし、何よりコミュニケーションは増えるのも事実(流してしまわなければ)。

まあ、ものは考えようだし、要は結果論だから、最終的に上手くいけばこの違いが逆に役立ったと思うんだろうし、失敗に終わっちゃったらこの違いを乗り越えられなかったとなるのでしょう。


あともう一つの壁になりうるのが、宗教。

うちは本人同士は大して信心深くもなんともないのですが、でも周囲はそれなりにそれぞれの宗教に従って生活しておりまして。

もちろん、宗教が違うことは家族も承知して結婚したし、お互いが宗教変えないといったことも納得したうえで結婚したんですが、それでもやっぱり宗教って生活の細かいところに染み付いてたりするじゃないですか?細々したことだけに、かえって大変だったりして。

この件に関しては、今後どうやって乗り越えていくのか実はまだ私自身分かってません。

あー、どうなるんだろうなあ。


そんなこんなで、気付けば3年。

もう駄目だ!と思うのを何回乗り越えてきたことか……。

でも、もう駄目かも、と思う頻度は減ってきているきがします。

これってつまり、夫婦として育ってきてるってことですかね?