先日、ノーベル賞の方がストックホルムで講演しているニュースを息子と見ました
その時に息子が
「多分、この人達はホントのギフテッドなんだろうね」
才能があり興味ある事を突き詰められる力がある人達
「俺もIQやみんなと努力値が違ってるから、ギフテッドだろみたいなことを言われることあるけど」
「オレがギフテッドならそれはギフテッドの底辺だと思うよ」
「ギフテッドの底辺」そう息子が感じるのは、競技科学など全国の科学好きと交流を深めたからです
交流先で知り合った教授や講師の先生方・今でも繋がっている友達・知り合いには「競技科学世界大会出場」とか「海外の有名大学」とか輝かしい経歴の持ち主達
(学歴云々では無く、やはり上の層の学校では研究しているレベルが違います)
興味のある分野のトップ層の人々と知り合うと、自分の足りなさを実感するそうです
「あそこまで突き詰められる才能こそギフテッドだと思うよ」
「俺はアッチもコッチも興味があり過ぎて、突き詰め具合が足りないもん
」
「目指してる場所も東大・京大・海外だよ?なんなら推薦で受かりそうな人も居るし(笑)」
「競技科学のお陰で、井の中の蛙にならないで良かった(笑)」
「後、アイツらは面白い!知識が溢れてるし、考え方も独特だよ(笑)」
「ただ1つだけ思うのは「都会の学校は良いな」ってくらいかな
だって、学校の先生達のレベルが違うもん!向こうは数学も理科も質問出来る先生が居るらしいけど、ウチの学校は無理だった💦独学か知り合いに質問するしか無いからね
」
田舎の進学校では先生達の知識も限界があります
それでも、度重なる質問に対応してくださり、一緒に調べてくださった先生方に感謝や信頼はあるようです(笑)
息子がギフテッドなのかは分かりません
以前も書きましたがIQだけでギフテッドなのかは判断出来ません
(IQ判断だと余裕でMENSAに入れます)
確かに、テストだけで考えるとタイパは抜群に良いと思います
学校の放課後特課(自分で必要な授業を選択)も行ってません
塾も英語の個人塾週1で70分のみ
それでも成績はトップ層にいます
勉強の努力値が時間換算なら、息子の努力は少ないと判断されるかもしれません
でも、時間換算で無いのなら、息子はかなり頑張って勉強に取り組んでいます
勉強以外も様々な努力を重ねてきて
今の息子が居ます
「俺は周りの人より色々出来るけど、経験したか興味があるから出来るだけ」
その一言に尽きると私も思います
「ギフテッド」
そんな名称はどうでも良いのです
周りと上手くコミニケーションとれて、好きな事を勉強出来たらOK
本人の幸せが1番です
ちなみに
「ギフテッドの底辺」と自ら言う息子ですが、自己肯定感はとても高いです(笑)