ずっとご無沙汰だった娘の中学時代の友達に久し振りに電話しました。
短大と専門学校を卒業して 就職が決まった子と就活中の子。
自由登校になったら来ると言っていました。
裁判の傍聴をお願いしました。
意見陳述の書類を考えないと。私の思いがみんなに伝わるように。
娘と交わした最後の言葉を思い出します。
寮が辛くて いつまでも私にそばにいて欲しかったのでしょう。『お母さん自分はお風呂に入ってくるから 部屋で待ってて』寮のあの子の部屋で待っていましたが 梅雨時の蒸し暑い日でした。娘はお風呂から帰ってきましたが こんなに蒸し暑いのにエアコンもいれてもらえない状態でした。
家だったらとっくにエアコンいれているのに この学校は生徒のこと考えているのだろうかと思ったものです。
やがて娘が『お母さんもう帰っていいよ。寮は陰で自分の悪口いう子もいるし 自分が挨拶しても無視して 後で陰口たたく子もいてストレスが溜まって辛い。でも一週間したら家に帰れる。それを楽しみに頑張る。やっぱり自分のことを一番心配してくれるのはお母さん。だからお母さん体に気を付けてね』
と言ってくれました。
私も『明子が一番大事だよ』と言ってやれば良かったと思います。娘はおとなしくて真面目な生徒でしたからいじめの恰好の餌食だったのでしょう。
その二日後に娘は冷たくなって大好きだった我が家に帰ってきました。
学校側は 後の生徒や学校の対応策があるからと 誰一人娘の遺体を見送られませんでした。もう死んでしまった者に用はない。早く自分達のことを考えないとと思ったようです。
今も思いだすと涙があふれてきます。