片付けの次は何もしたくない。

どうなってんだ、私。

愛山です。

 

 

保育士にっこり
保険屋札束
ママの学校インストラクター看板持ち
 
そんな私のプロフィール

 

私が大好きな岸田奈美さん。

勝手にファンです。

そんな岸田さん原作のドラマがNetflixで配信になったのを記念して、有料マガジンが1か月無料で読めるんだった。

 

 

PRではありません。

 

 

じゃなくて。

私も登録しなくちゃ!とインスタを見て思っていたのです。

でも、なんだか気が進まないというか、背徳というか…そもそもファンなんだったら課金すりゃぁ良いのだよ。今だけ無料に乗っかるのか?そんなことしなくても金を払えば良い。そう思ってたのにお前は課金しないのか。どうなんだ?え??

 

 

 

ということでサクッと課金。(初月は無料)

 

 

 

課金したからには読みます。というかすでに読みました。新婚旅行の話。面白すぎる。もうあかんわ日記の冒頭も読みました。というか200本以上+更新されるエッセイを読むのにどれくらいかかるのか。課金に迷うのはここなんだよ。

 

 

お前は読めるのか(どーん)

 

 

仁王様?閻魔様?が私の前に立ちはだかるのです。そしてタチの悪いことに読み始めたら止まらない。止められない。没頭系なんだな~。重たい腰がさらに重たく。面白くない家事はしたくない。ごはん作りたくなーい、お風呂入りたくなーい、トイレ誰か変わりに行ってー(無理)となる。

 

誰か私に富豪のような何もしなくても良い生活を与えてくれないかな。でもそれはそれで面白くないのかな。

まぁ達成感とか充実感はもしかしたら薄くなるのかもしれない、もしかしたら。ドラえもんのもしもボックスがあればやってみたいと思う。

 

 

それにしても岸田さんってなかなか大変な日常を送ってる。文章を書いているから、そういう話を抜粋しているからなのかなーと思ったけれど、読んで思うけどそうじゃない。いうて友達からは、いや、あんたもなかなかな人生だよと言われるんだけれども。

もうあかんわ日記で岸田さんが言ってる。

 

(大変なことがあったときに)

ユーモアは当事者に向けるもんじゃない。

なんも通じないし。

(一部抜粋)

 

そう、友達に話すから面白いのです。めっちゃ笑ってくれるけど、友達は「自分だったら体験したくない」と言います。なんやねん。私だって体験したくてしてるわけじゃないわ。まぁ笑ってくれるからいーけども。

 

で認知症のおばあちゃんのことが話の中で出てきたから思い出したよね。うちのおばあちゃん。あ、すでにうちのばあちゃんは亡くなってます。岸田さんのおばあさんは分からないけど…記事読んでいくうちに分かるかもしれない。

 

さてうちはどんなばあちゃんやったかなぁと…

口数は少ない?多分人見知りで、じいさんとは恋愛結婚だったらしい。(これは認知症の症状がでてきた初期の頃に聞き出した話)一緒には住んでないけど、うちの母も父もフルタイムで(父はなんなら交代勤務だった)働いていたので結構ばあちゃんに育てられたところが多かったんだけど、こう思い出そうとしても断片的にしか思いだせないもんだなぁ。

 

車が運転できず、自転車も乗れず、徒歩とバスとタクシーを駆使して日々過ごす。毎日買い物は近くのスーパーに行くんだけど、行きつけのスーパーが閉店したりして、その都度行っていたスーパーより少し遠くのスーパーへ行くようになったんだよね。そんな人のためにスーパーは配達していたなぁ。ちょっと良い買い物するときは大和に行って買っていた。そうそう、自転車は乗れるようになる前に、乗る練習してて溝に落ちたから怖くて乗れないと言っていた。

 

家の風呂は小さくて嫌だと言って毎日銭湯に通っていたなぁ。一緒に行くとタオルで体を洗ってくれたけど、めっちゃこする。真っ黒やと言われてめちゃくちゃ脇とか首とかこすられる。あれは痛かった。

 

物を買いだめするタイプでしかも古いものを捨てないから、正月にばあちゃんの家に行ったときに棚の中から特急呪物級の古い物(食品)を兄と引っ張り出して笑い転げてたらめちゃくちゃ叱られたよね。今となってはそりゃ叱られるだろうよと思うものの、あれは処分しなきゃいけんものでもあったな。

 

もう記憶があやふやだけど、確かばあちゃんは昭和12年生まれで出身は福井市。戦争を経験している。焼夷弾が落ちてきたときには木に登って見たとこっそり話してくれた。

 

そんなばあちゃんが認知症になった。私が1番目を産んだ後。うちのばあちゃんは健康な認知症だった。いや、健康なというのも変だけれども。糖尿病は患っていたし、白内障で目も良くなかった。でもトイレも食事もお風呂も問題なく、歩けないわけでもなく(足は痛いと言っていたけれども)記憶だけが抜けていく状態。これはこれで困った状態だった。なんせどこでも行ける状態だから、どこに行ったか分からなくなる懸念があったんだよね。

 

当時、少しばあちゃんのお世話係してた。だから分かることもある。すべてにおいて分かるとは言わない。でも分かることもある。その中で一番つらかったのは、この大変な状況を心から分かってくれる人がいなかったってことかな。

 

だから岸田さんの気持ち分かるなぁと思ったんだよね。

 

と同時にもっとあの時何かできたんじゃないかなぁと思うけど、あのときはあれで精一杯だったとも思う。

 

 

 

さて、他の記事も読もーっと。

 

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