「ほうりんじょうしょう」と読みます。 佐久間安政の後室・光寿院の弟にあたる人で、勧修寺晴豊の六男です。
江戸の初期、京都・鹿苑寺(金閣寺)や相国寺の住持となった臨済宗の僧で、この人の著した『隔冥記』という日記には、当時の文化や政治の事が、事細かに書かれていて大変貴重な史料となっているそうです。
遠藤和子先生に御教示頂いたのですが、姉である光寿院との関係から飯山・佐久間家とも交流が盛んであったようで、安政や歴代藩主と家臣のことなどが多く書かれているそうです。
私にとっては願ってもない貴重な史料ですが、近くの図書館には無く、古本も数万円するようです。
ぜひ読んでみたいのですが、この値段じゃ手が出ませんね。