御器所の菩提寺・龍興寺に残る室町中期に書かれた吹拳状(推挙状)です。
読み下しますと、
「佐久間孫五郎助安、民部丞を申す事相違有るべから ず、宜しく口宣奏請の状、件の如し
文安三年八月三日 」
この佐久間助安という人は、佐久間盛通の祖父にあたり、助安の父は美作守家勝で、御器所八幡宮の嘉吉の棟札に名が出ている人です。
この吹挙状の文安三年(1446)は八幡宮改築の五年後にあたります。
最初に見える花押は、熱田の大宮司・千秋持季のものだと言われます。千秋家と佐久間家の深い関係は何度もこのブログに登場します。
御器所の豪族として栄えていた佐久間氏ですが、将軍家の直臣ではない国人なのでこの様な形でいろいろな官職に補任されていたのではないでしょうか・・・・・
民部丞の官位には、大丞(正六位)と小丞(従六位)がありますが、助安はいったいどちらだったのでしょうか・・・・・?
また、文中にある口宣(くぜん)とは、天皇側近の女官が蔵人頭(くろうどのとう)に伝えた勅命を、蔵人頭が上卿(上席の大臣)に口頭で伝達する事やその勅命自体を言います。
