北海道の帯広に佐久 間信盛のご子孫がおられます。信盛の子、半平貞正の末裔にあたる方です。
「織田信雄分限帳」によりますと、初代半平は信雄に千二十石で仕えていましたが、蟹江城合戦後に池田輝政に仕え、後の子孫が藩主と共に三河吉田、姫路、岡山、最終的に鳥取に行ったものです。
明治期に入り、旧鳥取藩からは多くの元藩士たちが、屯田兵として北海道へ渡りました。明治十八年にこの方の御先祖、貞利も北海道江別に行かれたのです。ここ石川県からも元加賀藩士達多くが渡道しておりますが、かの地での苦労は多くの文献に見られるように、想像を超えたものだったようです。
この佐久間家は客分扱いであったようで、藩主・池田輝政との親交も厚く、多くの藩主拝領の蝶紋付きの「御判物」が家宝として今も残っています。
尾張・佐久間の血が、遠く北海道にも残っているのです。