短過ぎて、ちょっとアレですけども、またまた某漫画の名言を引用しつつ。ダニーのアレです。
最近、家で妻に仕事の相談をされることが多くて。どうにか、私の経験則から何かしら応えているのですが、よくよく考えるとそれって「会社あるある」だよな、と。今日は、そんな話。
妻はサービス業で、直近、業績不振から業務提携という形で運営会社(仮にA社とします)が外部から入っており。一つの会社の中に、提携先のA社からの出向社員(マネージャー層のみ)と、本社社員(妻はこっち側)が勤務している状態なんですけど、この両会社の社員間のコミュニケーションがうまく取れていないために現場が苦労している、みたいな。一時はM&Aなんて言葉もトレンドになっていたし、こういうのって今となっては大して珍しい状況でも無いのかな、と思うんですけど。
そんな中、妻に新入社員(9名)のレクチャー講師の業務が割り振られたそうで。私も妻の作成した資料を添削したり、構成の見直しなんかを(陰ながら休みに家で)手伝っていたんですが、そのレクチャーの運営や在り方について、会社同士の認識がズレていて現場の社員間で揉めている、というんですね。
運営を任されているA社からすれば、(部署紹介なども含んではいるが)主には業務のレクチャーが主眼なので、いちいち本社にシラバスの確認や許可を取る必要は無い、という認識らしく。ただ、新入社員は本社の所属で、当然給料も本社から支払われるため、本社の人事辺りからすれば、業務のレクチャーであっても教育は体系的にやってほしい、ということみたいですが、運営会社の顔を表立って潰すようなことをするのもイヤなようで、結局は講師を務める妻の方に直接(ダマで)内容を共有するように言ってきたと。妻も本社勤務なので、人事とケンカしても仕方ないってことで、やり方が正道じゃないのが気に喰わないながらも共有したそうなんです(ちなみに、このシラバスは妻の上長にあたるA社マネージャーの確認を得た内容)。
すると、人事から鬼のようなダメ出しが入って、現場の妻が板挟み状態で困ってると。状況が少し混み入っているため、状況説明が少し長くなりましたが、そんなあらましで。
今回のケースは、大枠でのベクトルこそ揃ってはいても、2社間の細かい認識の違いだったり、文化や社風の違い、もっと言えば両社のパワーバランスも裏側には在るはずなので、ちょっと複雑なんですが、今回に限らず、明らかに社員間のコミュニケーションがうまく取れていない、不足している、なんてシーンは現場では本当によくあると思うんです。それぞれ、業務遂行能力自体に大きな問題があるわけではないけど、互いが嫌い合っているがために事務的なやりとりすら希薄とか、内線一本すればすぐ終わることなのに、わざわざ社内メールで何度もラリーをしていたり、とか。こういう状況って、間に挟まれる立場になると、ただただ面倒だし、両方への気苦労が大変っちゃあ大変なんですけど、逆に考えると、そこに組織運営上、非常に大きな課題が隠れていると思うんですよね。
事務的な連絡すら満足にいっていないような人間関係が横行している、地盤がユルめな組織においては、「誰とも当たり障りなく付き合える」ということだけでも、コミュニケーションの潤滑油として、なかなかに価値があると思います。少なくても、マネジメントする側は、こういう人が組織の中に何人かは居てくれないと、話がスムーズに進まなかったり、どうでもいいことでストップしてしまったりすることが増えるのを、よくよく解っていますから。ただ、裏を返せば、「誰とも当たり障りなく付き合える(というだけ)」に価値があるのは、地盤がユルい組織の中だけ、とも言えると思うんですね。
(ある程度の規模感の組織になると、現実的には非常に難しいと思いますが)皆のコミュニケーションが問題の無い状況だと、「誰とも当たり障りなく付き合える(というだけ)」では価値が無い。そう考えると、地盤がユルい状況ゆえに発生しているニーズと言えるかもしれません。
一見、面倒にしか思えない状況も、組織の現状と合わせて俯瞰で見返してみると、もう少しだけうまく立ち回れるような気がしませんか?こんな時、私の頭では角の方でいつもジョージ卿の名言「なに9ROKAWA?(中略)逆に考えるんだ。○○しちゃってもいいさ、と考えるんだ」がリフレインします。こういう状況を「ただ、面倒だな...」とネガティブに捉えるか、「面倒ではあるが、両者の間に入って取り持つことができるのは、自分だけなんだな」と少しでもポジティブに変換できるかは、心持ち一つではありますが何気に大きな違いだと思うんですね。こう書くと、またドラッカーの「コップの水理論」みたいになっちゃうんですけど。ご参考まで。
