案外それは、名前も顔も忘れてしまうような、通りすがりの人だったりする。
あの人もそうだ。
随分昔、ニューヨークのバスの中で出会った、韓国人の男性。
それは、ニュージャージーでボーカルレッスンを終えてニューヨークまで戻るバスに乗っていた時のこと。
一人でマンハッタンから出て移動するのは初めてだったし、記憶が頼りで正しい住所もよく分かっておらず、とにかく不安だった。
行きは何とかなったけれど、停留所のアナウンスなんて無いため降りるタイミングと場所が分からない。
通り過ぎる景色に目を凝らして、降りる場所はあとどれくらいかな、と迷っていたその時。
私の前に座っていた、アジア系のあまり雰囲気のよろしくない男が、見たことも無いような奇妙な目つきでこちらをチラチラと見ていた。
出た、不審者。
ニューヨークは色んな人がいるからな。
関わらずに済みますように。
いや、しかし、気のせいじゃない。
確かに私を見ている。
気を張らなくちゃ。
私は全身でスルーする態勢を整えた。
ところが、緊迫の一瞬の隙に、あろう事かその人と視線がぶつかってしまった。
そして私はつい、降りたい場所を尋ねてしまったのだ。
思いの外気さくな空気にスイッチしたその人は、あと少しだから教えてあげるよ、と言ってくれた。
よく知ってるから大丈夫。10年住んでるからね、と笑顔も見せた。
下手くそな英語で、ぎこちない世間話を交わした後、間があった。
「ところでさ、さっきから気になってたんだけど、君はどうして水のボトルを持ち歩いているの。」
彼は私のむき出しのペットボトルを見て訊いて来た。
今はどうなのか。その頃、日本のように500mlくらいの手頃なサイズのペットボトルの水はどこにも置いていなくて、何も無いのも不安だったので、仕方なくビッグサイズのボトルを途中で買って持参していた。
そして小さなバッグには入りきらないので、ボトルの首根っこを掴んで持ち運んでいたのだ。
ボーカルレッスンで喉が渇くからだと説明すると、男性は露骨に安心した顔をして言った。
「なるほど、そう言う訳か。やっと分かったよ。ニューヨークに10年住んでるけど、水のボトルそのまま持ち歩いてる人初めて見たからさ。」
と、霧が晴れたようなスッキリした顔で嬉しそうに頷いた。
目的地が近づくと、まだ待って、もうすぐだ、ほら来た、さあ!今だよ。
彼は何度も丁寧にタイミングを教えてくれたのだった。
その人が最初に見たのとは別人のような優しい目で窓越しに手を振ってくれた後、個性のるつぼで変人扱いされたインパクトを私に残して、バスは去った。
外国のバスの中で、降りる場所を尋ねた、ただそれだけのこと。
だけど時々、脈絡も無く思い出す、思い出の欠片のひとつ。