ちょうど1年前のこの日。
5月20日
朝方息子の調子が悪くなりました。
心拍数が150まで上がり、今までに聞いた事のない心音。
ドッドッドッドッドッドッ…
太鼓のような早い音。
息子の様子で他におかしいところはないけれど、さすがにこわくてナースコールを押しました。
すぐに看護師さんと当直医が来てくれ、呼吸器の調節をしたり、酸素濃度を上げたりしてくれました。しばらくすると心拍数が下がりはじめ落ち着いてきました。
私はそこで初めて『急変』という言葉を意識しました。
でも私はその時息子の体調が落ち着いたことに安堵して、そこまで深刻な状態だとは分かりませんでした。
翌日は主人も病院に来て、これからの事を話し合うことになっていました。
今回の入院時に、いつどうなるか分からないので延命治療について話し合いたいといわれていました。
その時は、まだ現実味がなく私たちはどうするべきか決めかねていました。その後主人と話し合い、万が一の時は息子が苦しむことはしたくないという方向で主治医に伝えることになっていました。
以前テレビでコロナ患者がECMOを付ける場面があり、それを見た息子が『オレはつけたくない』と言っていたことがありました。
もちろん本人もそこまで深く考えて言ったわけではないのだと思いますがそれが決めてのひとつになりました。
もちろんそれが息子の本心だったのかどうかは定かではありませんが、私たちにとってとても辛い決断でした。
この時の入院はいつもと何となく違っていました。
・体調が1度良くなったのにまた悪くなった
・もう治療したくない!と息子が泣いたこと
・痰に血が混ざっていたこと
・おしっこが出にくくなったこと
それに加えて心拍数の上昇
さすがに不安がありましたが、深刻な状態だとは分かっていませんでした。
本当にバカでした。
この日、息子のお友達がたまたま通院日だったので息子に会いたいと言ってくれたのですが、体調が悪いことを知り、また来週会えるからと会わずに帰りました。
そのお母さんは『顔だけでも見るべきだった』ととても後悔していると言っていました。
通院で病室の前を通るたびにそのことを思い出すそうです。
私だってまさかもう会えなくなるなんて思いもしなかったです。
その日のブログは
『体調悪化』
なんでそんなふうに書いたんだろう…
なんだか嫌な予感しかないタイトルなのに…