「ニャ〜」

 

部屋に入ってきた 猫 はしなやかな動きで僕の膝の上に乗ろうとするけど、ちょっと無理がありませんか?

 

「あなた、大き過ぎるんです」

「ニャ〜」

 

本来うちの 猫 は喋る。

 

けれど喋りたい時しか喋らない。

今朝は喋りたくないらしい。

 

猫 は体全体で僕の膝の上に乗るのを諦めて、頭だけを膝に乗せて体はソファーに横たえた。

 

「ニャ〜」

一瞬だけ視線を僕の方に向けて 猫 は鳴く。

頭を撫でろ と言う意味だ。

 

「はいはい」

返事をしながら僕が頭を撫でると 猫 が喜んでの尻尾を動かしたのでテーブルにおいたカップが落ちそうになる。

「おっと」

僕は落下しそうになったカップを既の所でキャッチすると、残った水を飲み干してから、もう少し安全なテーブルの中央付近に移し、その手で 猫 の尻尾を撫でる。

 

「そんなに〜(尻尾を動かさないで。いろんなものがテーブルから落ちちゃうから)」

 

いつものことなので油断した僕の方が悪い。水も全部飲んでしまっておけば良かったのだ。

 

猫 の頭を膝に乗せたままでは、筆や鉛筆を使った創作活動はちょっと無理なので、文章を書くことにする。

 

イメージを膨らませて、浮かんでくる文章をただ書き続ける。大学の頃からの癖だ。

いつかそれらの文章が立派な本になって世に出ることを夢見ながら……。

 

でも「いつか……」なんて言っているから、いつまで経っても世に出ることはない。知っているさ。そんなことはなっから分かっている。

そもそも原稿を出版社に送ったことも無いし、そんな勇気も無い。

もし何かの間違いで編集者から電話が掛かってきたりしたら、それだけで僕は失神してしまうかもしれない。

 

……怖い。

 

怖いんだ。どうしようもなく怖い。

人と会うのが怖いし。人と話すのが怖い。

人と関わるのが怖い。

もう誰とも一緒に働きたくない。

もう誰とも仲良くなりたくない。

 

細々でいい。

膝の上で寝ているこの 猫 と一緒に暮らしていければそれでいい。

 

それだけで僕は幸せです。

 

僕は 猫 の背中を撫でながらそう思った。



 

つづく