三月所感
どーもこんにちは、りょーです。明日からはもう新年度ですか。早いですね。3月は選抜の国際交流会の参加や、夢の国に行ったり、アホみたいな体調の崩し方したり、仕事の対応に追われたりと何だかんだ色々あった月でした。あ、別に今回面白くないです。とりあえず月1は更新しなきゃなーってやつです。国際交流会は散々行く前はビビってたんですが、帰る頃には楽しかったです。帰りたくないなーって思いました。クソみたいな英語でも何とかなるもんですね。ロシア語なんてやってる場合じゃないよ英語やれよっていう。大好きな瑞鳳殿にも行けたし何より過ごしやすい気候だし。バス移動だけが苦痛でしたけどね。隣に座ったドイツ人の方がめちゃくちゃ頑張って話してくれてるのに気持ち悪くてそれどころじゃないっていう。最近はゲーム酔いもするんで辛いですね。酔わないのは酒くらいです。小さい時は乗り物酔いなんてしなかったんですけどね。歳かな。そういえば、ふと耳にしたんですが、「罪を許してこそ人は成長できる」どう思いますか?全くもってその通りだ。という人もいるとは思いますが、私には疑問というかなんというか。まぁまず思うのは、「別にテメェのお陰で成長したかねぇよ」ですね。別にそんな所で成長したくないし、なんなら我慢を学べ、お前の感情なんて他人にゃ関係ねぇよってことですよね。日本はどうも協調性を美徳とするというか自分の感情に他人を付き纏わせることを嫌う傾向にあるように見えます。我慢して丸く収めるのが良いみたいな。学校では世間が、先生が突出したものを嫌うから突出したものは折って平均にする感じ。弱者は救って強者は折って我慢を学ばせる。それが何も間違ってなければなんの問題もないと思うんですけどね。スルースキルがあるのが1番だとは思います。実際無視が1番堪えますからね。された事あるからわかるけど。でもトラウマ級に傷つけられて、そのくらい灰色の日常が続いてその原因になった人って許せますか。そのせいで楽しめるはずの時間を、何よりも高価な時間をドブに捨てるハメになってそれを許せますか。許せる人は聖人か何かだと思います。私は許せません。死なれたら楽なので死ねとは思いませんが楽しそうな生活を送ってると藁人形でも打ってやろうかってくらい恨んでます。藁もないし打ちつける木もないですけど。その人のせいで楽しいはずの時間をなくして、楽しい思い出もなくて、やっと離れたと思ったらそいつは楽しそうな生活送ってて、それでも自分は苦しいところから抜け出せてなくて許せますか?関係ないで割り切れますか?まぁ大体それで割り切れないのが悪い、自分が悪いで攻撃の対象を自分にして何にもなくなるくらいズタズタにすれば一時的には悲しいもクソもないんですけどね。許さなきゃダメですか。手を差し伸べる人はその人で本当に合ってますか。どうか、誰かの心の支えになる時第三者の目で見ること、事実確認を怠らないでください。本当に手を差し伸べるべき人を間違わないでください。