「ホントにどこにでも現れますよねあの人!!」 


 まるでその辺を這っている虫に対するような言い方だ。


「近頃では匂いで分かるようになってきましたよ!」


「………………」

 ビョンヨンは目を逸らして落とした芋を蜜から救い出す。


「私が心配して忠告しても笑ってちっとも取り合わないし、別監様もちゃんと注意した方がいいですよ、友達なんでしょ?」


「……?!」


 驚いたビョンヨンは再び芋を落とした。


-俺と世子様が…友達?-


 何も知らない子供の頃はそうだった。


 あの頃は自分も友だと確かに思っていた。


-いつからだろう…いつから“私”はあの方の臣下になったのだろう-


“あいつがあんな態度をとったら寂しいではないか”


 そう言って笑ったヨンを思い出す。


“あいつもまた、臣下の1人となる” 


 ビョンヨンは目を見開いた。


“お前のように”


 ヨンはそう言いたかったのだと思い至る。


ー……世子様ー


 サムノムを見る。


「これ…まだ残っているか?」


「え? あ、花若様の分? 作りましょっか?」


「ああ、頼む」


「優しいなぁ、キム別監様は(笑)」


 サムノムは笑って外に出て行った。



***



 ビョンヨンは出来たての菓子を持って東宮殿に向かった。



 部屋に通されるとヨンは人払いをして机に突っ伏している。


 ビョンヨンが入ってきても顔を上げようとしない。


「こんな遅くにどうした…」


 心なしか声が不機嫌だ。


「あの…サムノムの作った菓子が美味しかったので世子様にも…と」


 ヨンはパッと顔を上げた。


-分かり易い…-


 ヨンの前に器を置く。


「芋か」


 覗き込んで呟く。


「世子様がサムノムに与えた蜂蜜を使っています」


「ほぉ…」


 箸を取り芋を摘まみ持ち上げる。


 トロっとした蜜は蜂蜜より色が濃い。


 口に入れると甘塩っぱい蜜とカリッとした歯応え。   


 だが、中はホクホクだった。


「うまい!」


 ヨンは目を見開いてビョンヨンを見る。


「はい、私も驚きました」


「たいしたものだな、あいつは…」


 さっきまで鬱々としていた心が一気に軽くなった気がした。


 箸で摘まんだ芋を眺めて笑う。


-こんな菓子ひとつでも、あいつは人の心を救うのだな…-


「そういえば…世子様は何処にでも現れると言って驚いていました」


「あいつが?」


「ええ、私にも“友達なのだからちゃんと注意しろ”と」


 ヨンは眉を上げた。


「注意するのか?(笑)」


「……考えましたが、注意すべき所が見つかりませんでした」


 ヨンは吹き出した。


「なんだそれ(笑)」


-真顔だから本気か冗談か分からんな(笑)-


「非の打ち所がないのが…問題でしょうか」


「あいつには “顔の半分でも性格がよければ” と言われたぞ」


「それは裏を返せば、顔は申し分ないという意味では?」


 ヨンはニヤリと笑う。


「私にもそう聞こえた」


 2人は顔を見合わせて笑った。


 ヨンは菓子をすべて平らげた。


「旨かったと伝えてくれ」


「はい、では私はこれで」


「ビョンヨン」


 立ち上がり、扉に行きかけたビョンヨンを呼び止める。


「はい」


 振り向くと、ヨンは穏やかに笑っていた。


「礼を言う。おかげでよく眠れそうだ」


 ビョンヨンは少し微笑み、頭を下げると東宮殿を後にした。