「胃袋を掴むとはどういう事だ?」


 ヨンが問うとサムノムは笑ってお茶を飲み干した。


「例えば仕事で疲れて帰ってきて不味い料理出されたら、いくらその女人が絶世の美女でも男は家に寄りつかなくなります」

 言いながらすり鉢で米を粉にし始める。

「逆に容姿が並でも絶品料理が待っていると思えば男は寄り道せずに帰ってくるものです」


「…確かに」

 ビョンヨンが呟く。


 現に待っているのは男だが飯が美味いから資泫堂に帰ってくるのが秘かな楽しみになっている。


 ヨンも「なるほどな」と頷いていた。


「だが、男のお前が料理の腕を磨いてもしょうがないだろ」
 ヨンの言葉にサムノムは フフン♪ と笑う。
「私に料理を習いに来る女人がどれ程いたと思ってんですか」
「そっちか!」
 ヨンがぺしっと自分の膝を叩く。

「いや~、あの料理教室は儲かりました(笑)」

「金も取っていたのか?!」

「当たり前でしょ、“芸は身を助ける” ですよ。何事も磨いておいて損はありません」


 なんと商魂逞しい。

 竈の上でガタガタと鍋が吹き始めた音を聞いてヨンが顔を上げた。


「吹きこぼれるぞ」

「蓋、取っちゃダメですよ」

「何故だ? あんなにこぼれているのに」


「“赤子泣いても蓋取るな”ですよ」
「は?」
「ご飯を炊いている間は絶対に蓋を取っちゃダメなんです」
「……」

 料理に関しては識らないことばかりでヨンは自分の知識が書物の中だけなのを痛感していた。


 ご飯の炊ける良い匂いが漂ってくる。


「そろそろかな」
 サムノムが呟いて立ち上がると鍋を火から下ろした。
「炊けたのか?」
 ヨンが鍋に近づいて蓋を取ろうとしてサムノムに手の甲をベチッと叩かれた。

 びっくりして固まるヨン。


「まだ開けちゃダメですって、蒸らしが大事なんだから」
「む、蒸らし?」
「まったく、大人しくしてて下さいよ」
 ため息をつくサムノム。
「……」
 叩かれた手の甲をさすりながらサムノムを見るヨンがどことなく嬉しそうにしているのは気のせいか?と

ビョンヨンは遠い目になる。


 サムノムはもう一つの鍋に油を入れて火にかけた。


 豚の1枚肉に小麦粉、卵、それと先程粉にした米を纏《まと》わせていき、それを3枚作った。
 2人は興味深そうにサムノムのする事を見ている。

 油に米の粉をパラッと落とすとシュワっと音を立てる。


 それを確認して米の粉を付けた豚肉を油の中に入れた。

 肉が大きな音を立てて油の中で泡立つ。

「おお!」

 何だか分からないが旨そうだ。


 肉が黄金に色付くと紙を敷いた皿に上げていく。


 次に下味をつけた鶏肉に余った卵を入れて揉み込み米粉を入れて更に揉み込む。


 そして、それも油の中に落としていく。


 鶏肉が色付いてくるとサムノムは1つを取り出し箸で真ん中から2つに割った。
「それは何をしてるんだ?」
「中まで火が通ってるか確認してるんです、よし、大丈夫かな」

 サムノムはふと思いついて2つに割った揚げ鶏を両手で1つづつ摘まみ2人に差し出した。


「「?」」


「あーん」口を開けながらそう言うと2人は素直に口を開けた。

 その様子にサムノムは込み上げる笑いをなんとか堪え、2人の口の中に鶏肉を放り込む。


 モグモグと口を動かし2人は顔を見合わせた。


「おいしい?」
 今度は2人でぶんぶんと頷く。
 たまらずサムノムは笑い出した。
「な、なんだ?」
「だ、だって…(笑)まるで雛に餌を与える親鳥になった気分です(大笑)」
 2人は可笑しそうに笑うサムノムを見る。

 どうやら餌付けされてるのは自分達のようだ。

***

 部屋の中の小さな膳に出来たての料理が所狭しと並べられた。

「「いただきます」」2人が手を合わせ、サムノムは「召し上がれ」と笑った。


 どの料理も最高に美味しかった。


 特に汁は格別の旨さで2人は2回お代わりした。


 炊きたてのご飯は艶々でそれだけで旨い。


 その様子を嬉しそうに見ているサムノムは子供を見守る母親のような顔をしていた。

-なんて表情をするんだ…-

 ビョンヨンはサムノムから目を逸らす。


「………………」

 ヨンはサムノムの慈しむような表情に亡き母を思い出していた。


 そしてサムノムに母の面影を重ねている自分に気付いて頭を振る。

-何故、今、母上を思い出すのだっ-

 それにサムノムは男だ。


「配属先は決まったのか?」

 ビョンヨンの問いに「はい、明日から集福軒《チッポッコン》でお努めです」とサムノムが答える。


 その配属先にヨンが弾かれたように顔を上げる。


「“集福軒”? 淑儀《スギ》…様の所か」


「ええ、淑儀様をご存知なんですか?」


 淑儀は王の唯一の側室だった。


「…ああ、とても優しく心穏やかな方だ」
「へぇ…」
「だが、お体が弱い」
「そうなんですか」
「娘のヨンウン王女は口がきけぬ」
「え?」

-ヨンウン王女? 様をつけないなんて…-

「くれぐれも粗相のないように誠心誠意お仕えしろ」
 そのヨンの口調にサムノムは首を傾げた。

-まるで…花若様の方が身分が上のような…-

 お坊ちゃんはその辺も曖昧なのかな。


 サムノムはそう思い気にせず鳥の揚げ物を口にいれた。



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