資泫堂を後にしたヨンは途中でビョンヨンと別れひとり東宮殿に戻った。
中に入っていくとチャン内官達が揃っている。
「おはようございます 世子様」
ヨンが頷いて部屋に入ると「夕べは別監でしたか」とヨンの服装を見てチャン内官が呟く。
御衣に着替えていると「何か良いことでも御座いましたか?」とチャン内官が尋ねた。
「なぜだ?」
「その…笑っていらっしゃるので」
「笑って…いたか?」
「はい」
ヨンは眉を上げた。
-笑っていた?-
そんなつもりのなかったヨンは首を傾げてアゴを撫でる。
「そういえば、最終試験の東宮殿の問題に白紙で回答した者がおりました」
「白紙?」
「ええ…何を考えているのやら、内官になれる機会をみすみす逃すとはまったくもどかしい限りですよ。何か書けば受かるかもしれないのに答えが分からぬからと何も書かずに白紙で出すのですから」
-もしや、犬ころか?…ー
「そうか…白紙で出すとは考えたな…」
「はい?」
思わず漏れた呟きにチャン内官が聞き返す。
「いや──」
しかし、東宮殿の問題を引き当てていたとは。
ー天は我に味方したか(笑)ー
「そやつはいつまで王宮に?」
「おそらく昼までには追い出されるでしょう」
「出された問いは何だった?」
チャン内官が答えようとした時だった。
「世子様!」
返事も待たずに入って来たビョンヨンはヨンに頭を下げると珍しく焦った様子を見せ、
「いらして下さい、今すぐっ」
そう告げた。
***
──その少し前
ヨンを東宮殿まで送り届け、資泫堂へ戻ってきたビョンヨンは門前に放置された竹箒を見つけた。
サムノムが片付け忘れたんだろうとため息を付きつつ拾い上げようとしてそこに違和感を覚える。
ー…なんだ?ー
複数の乱れた足跡と何かを引きずったような跡。
ーこれは……ー
まるで誰かが連れ去られたような──
「キム別監!」
掛けられた声にビョンヨンは顔を上げた。
「世子様を…! 王女様を止めて下さい!」
箒を片手に立ち上がったビョンヨンに、ミョンウン王女付きの女官が泣きそうな顔でそう訴えた。
***
「何があった?」
チャン内官を部屋に残し、急ぐビョンヨンの後を小走りで追いかけていたヨンは周りに人がいなくなった所で問いかける。
それに対しビョンヨンは足を止めることなくただ簡潔に「サムノムが殺されます」と答えた。
「何?!」
-殺される?! なぜ、そんなことに??!-
「先日、世子様が話して下さったミョンウン王女様の恋文の件で、ホン・サムノムがどうやら恋文の代筆をしていたと王女様が知ったらしいのです」
「恋文の代筆?! あいつ、そんな事までしてたのか!」
-もしや、あの日は当人の代わりにあの場に来たのか?!ー
これで恋文の相手の顔を知らなかったのも、名前が違っていたのも納得がいった。
「それを知った王女様がひどくお怒りに」
「急ぐぞ!」
ヨンはビョンヨンを追い越し走った。
***
地下牢に着くと「え?! 王女様…ですって?!」と
驚くサムノムの声が聞こえてきた。
どうやらまだ、生きている。
ヨンは安堵の息を漏らした。
-やはり恋文の相手を知らなかったのか…。 というか男か女かも聞かされずにあんなクサいセリフの手紙を書いていたのか…-
──呆れた。
-で、あの場に現れた私を恋文の相手だと思ったと…-
色んな事に合点がいってかなりスッキリした。
「死に値する罪を犯しました!!」
「自覚はあるようだな」
剣を抜く音が聞こえ「王女様!」と護衛官が焦った声を上げる。
「ならば…命をもって罪を償え!」
「──そこまでだ」
大事な妹に人を殺めさせるわけにはいかない。
-それに…ここで世子として命を助けてやれば、あいつも二度と “無様” などとは言わんだろう-
ヨンは昨日のサムノムの発言にだいぶ傷ついていた。
「世子様!」
ミョンウンのお付きの女官が頭を下げる。
こちらを見ようとしたサムノムに護衛官が頭を下げるように剣を突きつけ、サムノムはヨンを見ることなく慌てて頭を下げた。
これも計算済みだ。
こんな所で正体を知られたら面白くない。
「その持ち方では怪我をする、よこせ」
ミョンウンの手から剣を取り上げ武官に渡す。
「兄上……」
気まずそうにこちらを見るミョンウンを見つつ、さり気なくサムノムに背を向けるポジションを取るとミョンウンと向き合った。
「何をしている。 こやつを今すぐ義禁府《ウィグムブ》に送れ!」
厳しい声で命令を下すと後ろでサムノムが怯えた声を上げるのが聞こえた。
「は!」
武官達が頭を下げる。
「義禁府に?!」
ミョンウンが目を見開いてヨンを見た。
「あ、あそこは1度入ったら生きては出られない所です!」
「王女であるお前が両班から貰った恋文だ。こやつがどんな細工をしたのか全て明らかにすべきではないか?」
「え?」
なぜ、兄上がその事を知ってるの? という顔だ。
「ですが……皆に何もかも知られてしまいます…」
王女が偽の恋文に欺されて遊ばれていたなどと周囲には知られたくない。
「王様には私から厳罰に処すよう頼もう」
「え?! 父上にまで?!!」
「何をしておる! 早く連れて行け!!」
「は!」
武官達がサムノムを両脇から抱え上げた。
「ご命令をお取り下げ下さい!」
ヨンの腕を掴んで頭を下げるミョンウン。
「此度は…事をそこまで荒立てたくはないのです…」
「ならば、こやつはどうする」
怒りに我を忘れていたミョンウンはそこまで考えていなかった。
「こやつをここで殺せばそれで気が済むのか? お前に人を殺すことなど出来ない」
ここまですればミョンウンが引き下がるであろうことも計算済みだ。
ミョンウンはホッとしたように黙って頷いた。
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