ヨンはふわふわと、とても心地の良い温もりを抱きしめていた。
力加減を間違えると折れてしまいそうなほど小さく華奢な女人だった。
愛しさがこみ上げ、瞳に涙が滲む。
自分は遠い昔からこの女人を待っていたのだと確信する。
「愛している」
自然に口をついて出た言葉に心が満たされていくのがわかった。
そうだ、自分はこの女人を愛している。
分かれていた2つの魂がひとつになった気がした。
手を項《うなじ》に添えて少し俯いた額に口付ける。
「そなたの名は?」
「◦◦◦」
愛しい人がその名を教えてくれる。
響きの美しいその名を口の中で繰り返すと、これ以上ないくらいの幸福を感じた。
顔を見たくて頰に手を添えて上向かせる。
まるでその女人自身が輝いているかのように眩しくて目を細めた。
愛しいその唇に触れたくて更に体を引き寄せ頰に添えた手の親指で柔らかな唇をなぞる。
瞳を閉じた愛しい人に吸い寄せられるようにヨンも目を閉じて顔を近付け───
パチっとヨンは目を開けた。
「…………………」
-夢?-
何度も瞬く。
とても大事な夢を見ていた気がする。
目を閉じて夢の内容を思い出そうとするも、すでに忘れてしまっていた。
憶えているのは、とても幸福だった事だけ。
暗い部屋の中で半分寝ぼけた状態のヨンは腕の中に抱えているものをギュッと抱き締め、ちょうど良い位置にある丸いものにアゴを乗せ息をついた。
「思い出せない…」
そう呟いたとき「ん……」と声がして腕の中のものが動く気配に、ヨンは間延びした動作で顔を下に向けた。
頭が見える。
-頭?-
首を傾げて更に奥を覗く。
細い項《うなじ》が見えた。
そして項から続く滑らかな曲線を描いた背を自分の腕が包んでいる。
そこでようやく自分が誰かを抱きしめて寝ていることに気が付いた。
「?!!」
一気に目が覚めて布団から転がるように這い出す。
辺りを見ると東宮殿ではない。
早鐘のように鳴る心臓とともにじんわりと額に汗が浮かぶ。
-そうだ、夕べは資泫堂に……-
では、自分が抱きしめて寝ていたのは………。
すると布団の上掛けがモゾモゾと動いてピョコンとサムノムが顔を出した。
「!!」
ヨンは無意識に息を止める。
しばらくボーッとしていたサムノムがヨンに気付いて顔を上げた。
目を細めてじーっとヨンを見ると不思議そうに首を傾げ「ああ……そっか」と夕べの事を思い出しひとり納得している。
ヨンはサムノムから目が離せなかった。
結っている髪が乱れて所々落ちているその姿が妙に艶めかしく映る。
サムノムもしばらくヨンを見ていたが突然ケラケラと笑い出した。
「?!……何がおかしい?……」
ヨンは現実に引き戻された。
「だって……花若様、そんなところまで転がっていったんですか? ちょっと寝相悪すぎ!」
余程可笑しいのか布団の中で足をバタつかせて笑っている。
その楽しそうな様子にヨンも体から力が抜けて思わず笑った。
「布団が小さすぎるのが悪いんだ!」
そう言うとサムノムは「もー、朝から笑わせないで下さいよ」と言いながらまた上掛けに包まった。
「まだ、寝るのか?」
ヨンが聞くと「だって、外まだ暗いですもん」と、また上掛けからピョコンと顔を出す。
言われてヨンが外を見ると「あと半刻はねむれますよ」と言うのでヨンは四つん這いで這っていきガバッと上掛けを捲って中に転がり込んだ。
「うわ!」
ヨンの急な行動にサムノムが声を上げる。
「狭いんだからもっとそっちに行け」
体でサムノムを押す。
「ちょっと! これ私の布団ですよ?!」
「それがどうした犬ころ」
「ったくもー! 喉元に噛み付いてやろうかっ」
体を端にずらしながらサムノムが唸ってみせるとヨンはわざと首を反らせ「やってみろ(笑)」と余裕の笑み。
「この~!」
足でヨンをゲシゲシと蹴ると
「やったな、犬ころめ!」
頭から上掛けを被せて腕で押さえ付けた。
「ちょ、やめて! 苦しい!」
「ご主人様に逆らうな(笑)」
そうやってサムノムとじゃれていると上から覗いているビョンヨンと再び目が合った。
なんだかちょっと気恥ずかしくなる。
黙って見ているだけのビョンヨンに「……なんだ」と聞くと「……いえ」と顔を引っ込めた。