ー真心…ー

 世子ではなく1人の人間として長らく心を向けられる事のなかったヨンは山鶏のもも肉を見つめた。

ー豊かな心か…ー

 サムノムという人間を不思議に思う。

 どうして自分に笑顔を向けるのだろう。

 無理矢理合格させられて憎いはずの自分に何故、笑顔を向ける事が出来るのだろう。

ーこれが最後だと思ってるからか? それとも…ー

 それこそが“豊かな心”なのか。

「この山鶏私が捕まえたんです、身が引き締まっていてきっと美味しいですよ♪」
 取り皿にもも肉を置くとヨンの前に置いた。
 もう片方のもも肉はビョンヨンの分だ。
 サムノムはむね肉を毟って食べ始める。
「美味し~♪」
 実に美味そうに食べているサムノムを見て再び膳に向かったヨンは人生初の骨付き肉と対峙する。
 骨のない肉しか食べた事のないヨンは肉を骨から外すのに悪戦苦闘していた。

「手で持ってかぶりつけばいいのに」

 ヨンは骨の間の肉をしゃぶっているサムノムを見る。

「この私が手で物を食べるなど、そんなはしたない真似をするわけがないだろうがっ」

「はいはい。なんなら毟って差し上げましょうか? 花若様?」

 相変わらず小馬鹿にした物言いに言い返そうとした所でビョンヨンが戻って来た。

「あ、おかえりなさいキム別監様♪」

 パッと笑顔になるサムノムの自分の時と随分違う反応にムッとしてビョンヨンを睨む。

 睨まれたビョンヨンは少し面食らい不思議そうにヨンを見る。

「……何か?」

「…なんでもない」

「キム別監様、どうぞ♪」
 ビョンヨンの分のもも肉をサムノムが取り分ける。

 それに頷いてビョンヨンが腰掛けに座り3人揃っての夕食が始まった。

 ヨンが箸で骨から肉を外している横でビョンヨンはサムノムが用意した濡れた手拭いで手を拭くと躊躇いなくもも肉を手で持ってかぶりつく。

「?!」

 ヨンが驚愕の目でそれを見ているとビョンヨンはまたも不思議そうにヨンを見た。
「…何か?」
「…なんでもない」

 そういえばビョンヨンと食事を共にするのは子供の頃以来だ。

 一緒に食べても酒のつまみを口にする程度だ。

 ビョンヨンが美味しそうにもも肉を食べているのを見て手で食べないと言った事を若干後悔する。

「そうだ!」

 骨をしゃぶっていたサムノムが何かを思い出したのか急に声を上げた。

「今日、世子様を見たんです!」

「「何?!」」

 驚いた2人は声をハモらせ顔を見合わせた。

ー見たのなら何故何も言わない?ー

「世子様のお顔を?」
 ビョンヨンが問う。
「お顔ではなく…後ろ姿だけ(笑)」
 サムノムは笑って自分の後頭部をポンポンと叩く。

 それを聞きヨンはホッと息をついた。

ーなんだ…後ろ姿か…ー

 それにしてもどこで見られたのだろうか。

 ビョンヨンはチラッとヨンを見た。

 あからさまに安堵している。

 一体いつまで身分を隠しておくつもりなのだろう。

「お二人は…世子様のあだ名をご存知で?(笑)」

 明らかに面白がっている様子のサムノムに自分のあだ名などあったのかと思いながら

「くだらんことを…なんだ? あ? “花世子”か?」

 どうせお坊ちゃんだと揶揄《やゆ》したものだろうと思っていたら──

「“クソ宮殿”」

 横から容赦のない悪口が飛び出した。

ー…あ?(怒)ー

 ヨンはギロリと目だけを動かしビョンヨンを見るも、それには気付かずビョンヨンは黙々と和え物を食べている。

「やっぱり! 知らない人はいないんですね!(笑)」

ーなんだと?!ー

ギロッとサムノムを睨む。

「他のやつは?」

ーまだあるのか!ー

「“半獣”」

 知ってて当然といった風に迷いなく答えるビョンヨンにヨンは怒りも顕わに箸を膳にガツンと突き立てた。

「!!」

 その音にビョンヨンはハッとなり食べる手を止める。

ー……しまっ……たー

 恐る恐るヨンを見ると怒りに吊り上がった目がこちらに向けられていた。

「…………」

 この数日、サムノムのおしゃべりに付き合っていた結果、次々と繰り出される質問に答える事に慣れてしまい、ごく普通に、いつも通りに、何も考えず答えてしまっていた。

「大正解!」

 サムノムは楽しそうにビョンヨンを指差して笑い、更に言葉を続ける。

「なんでも世子様には人間と獣の血が半分づつ流れているとか!」

ー止めろ…っ 今すぐその口を閉じろ!ー

 ビョンヨンは無言の視線を送るがサムノムには届かない。

「それから所構わず吠え立てる正気を失ったクソ犬野郎…」

「うるさい黙れ! これでも食ってろ!」

 ヨンは堪りかねてせっかく毟った肉をサムノムの口に突っ込んだ。

「……?」

 何故花若様が怒るのか?

ーウマ…やっぱもも肉の方がジューシー…ー

 サムノムはもぐもぐと口を動かしながら首を傾げ疑問をなげかける。
「本当に、噂通りそんなに性格が悪いんですかね?」

「いい加減にしろ!」

 ヨンが手に持っていた箸を膳に叩きつけた瞬間

「ぶっ!」

 黙っていたビョンヨンが辛抱堪らず顔を背けて吹き出した。

 ここまで言いたい放題言われているヨンなど滅多に見れるものではない。
 身分を隠しているせいで言い返せないのも面白すぎる。

ーなんなんだ…この2人は…っー

「おほ?! 今、笑いました?!」

「……っ」
 顔を背けて笑っていたビョンヨンはサムノムの指摘に笑いを引っ込めた。