ソン内官に連れられたサムノムたちは領議政の屋敷を訪れていた。
 屋敷の炊事場付近は宴の準備で大勢の人で溢れかえっている。
「お前はチヂミを焼く手伝いをしろ」
「はい」
 ソンヨル離脱。
「お前は向こうを手伝え」
「はい」
 ト・ギ離脱。
 残ったサムノムはひとりソン内官の指示を待つ。
「これはソン内官、お越しですか」
 屋敷の使用人頭が挨拶に来た。
「準備はどうだ?」
「それが山鶏の数が足りなくて…」

 ソン内官の目がキランと光る。

「丁度よいひとり余っておる、ホン・サムノムお前が行け」
「はい」
「よいか? 向こうに行くと裏山へ続く門がある」
「はい、…え? 山鶏が庭ではなく山に…いるのですか?」

「ぷぷ(笑)」
 ソン内官はたまらず吹き出した。
「行けば分かる。そうだな2羽…20羽程捕まえてこい」
「に、20羽も?! どうやって…」
「何をどうしようが構わん。よいか半刻(約1時間)以内に捕ってこないとただでは済まんぞ、さっさと行け!」
「……はい」

「あの…ソン内官」
 裏山へ入っていくサムノムを見送りながら使用人頭が困惑した顔でソン内官に声をかける。
「貴重な山鶏を20羽も捕まえたりしたら…」
「捕まえられるものかっ、あやつは生意気故少々罰を与えねばならんのだ、これは教育だ口出しするな!」
 そう言い放つとソン内官は宴の会場へ様子を見に行ってしまった。


***


 サムノムは広大な裏山に放し飼いにされている山鶏の群れを前に呆然としていた。

 だが、頬を叩いて気合い一発!

 猛然と鶏を追いかけ始めたその頃、王宮ではミョンウンの前に最終試験の回答用紙が届けられた。
「王女様、此度の新入り内官の回答が揃いました」
 届けに来たマ内官が頭を下げる。
 しかしミョンウンは文机に頬杖をついて見向きもせずそっぽを向いていた。

「…お前が適当に読んでまずまずなら合格にせよ」

 最後の恋文を受け取って以来、ミョンウンはやさぐれていた。

 無理もない。

 一方的に想いを寄せられ告白されて、それに応えた途端一方的に忘れろなど勝手すぎる。

 この初めての恋をどうしてくれる!

「答案を確認されないのですか?」
 言いながらウォリが一枚の答案を手に取ると
「チッ 貸しなさい!」
 舌を打ってウォリから答案を奪い取り無造作に広げた。
 しかし、その答案を読み進めるうちにミョンウンの手がぶるぶると震え始める。

「けしからん…! この不届き者め…っ よくも…!」

ミョンウンの目は怒りに燃えていた。


***


 一方サムノムは裏山を駆け回っていた。

 すでに捕まえた山鶏は19羽。

「あと1羽!」

 目を付けた最後の1羽を夢中で追いかけているうちにサムノムはいつの間にか裏山を下り屋敷の屋根に上っていた。

──同時刻
 屋敷に戻ってきたユンソンは祖父である領議政に取り入ろうとする輩に取り囲まれていた。
「若様、お祝い申し上げます!」
 若様 若様と煩い連中を無視してユンソンは奥屋敷に進んでいく。

 何がそんなに目出度いのだ。

 王子が産まれたわけでもあるまいに。

 何より自分達がここにいる事の意味を理解しているのかこのバカ共は。

「……ウンザリする…雷でも落ちろ!」

 日射しを避け屋根の陰に入ったユンソンがピーカンの空を見上げ毒を吐きだしたその時──

「うわぁ!!」

 空から人が降ってきた。

「?!!」

 とっさに抱き留めたユンソンは腕の中に落ちてきた人物を見て目を見開く。

ーこんな偶然が……あるのだろうか…ー

「あっ」
 屋根から落ちて呆然していた人物が我に返り、自分の腕から下りようとするのをユンソンは許さず更に胸に引き寄せる。

 首に回された腕のしなやかさ。

 女人特有の甘い香り。

 支える腕や手に伝わる柔らかな感触。

 そして……初めて感じる胸の高鳴り。

 ユンソンはここにきてようやく自分はこの者にとても会いたかったのだと気付いた。

 “消えてしまった男装の麗人”

「本当に…落ちた」

「え?」

「雷が…」

 それ位、2度目の出会いは衝撃的だった。

ーやはりこの者とは縁があったのだー

 ユンソンは腕の中の美しい女人を見つめ、優しく甘やかに微笑んだ。