「も、申し訳ありません! 慣れない王宮に来て急に恐ろしくなり…」

「よし! お前のその恐怖心を私が取り除き立派な内官に育ててやろう。今夜はここで寝るのだ…1人でな!」

「え?!」

 ソン内官はさっさと倉庫から出て行ってしまった。

「ソン内官!!」

 ガチャンと鍵の掛かる音が聞こえ、僅かに月明かりが差し込む程度の暗い倉庫に1人取り残されたサムノムは荷物を抱き締めて隅っこに蹲る。

 ソン内官が性悪と言っていたのがあの男の事だとしたらこの先どんな報復が待っているか。

 それを考えるだけで怖くて眠れない。

 まさかあの男が宮仕えの別監だったなんて…。

 ソン内官の態度からもそれなりに高い身分のようだから別監の長なのかもしれない。
 それに、朝になれば検査もある。

 どうにかして逃げないと…殺される!

「ほんっ……と……最悪だ……!」


***



 眠れないまま夜が明け、鍵が外される音と共にソン内官がやって来た。
「さっさと立て。お前は罰として朝食は抜きだ、いいな」
「はい…」

 とても喉を通らないので寧ろ食べたくない。

「これから内班院で尚膳からの訓示がある、来い」

ー尚膳って…内官の長の事なの?!ー

 サムノムは自分がついた嘘がとんでもなく非常識だった事をようやくここで知った。

 内班院では新入りの内官見習いがずらっと並び、それを見下ろすように中2階の回廊から尚膳が前面に立つ。

「注目せよ!」

 ソン内官の合図と共に部屋の四方を取り囲むように立つ兵士が手に持った槍で床を ドン! と打ち鳴らした。

 その迫力に見習いたちは怯え、身を竦ませる。

「内官とは王室の安泰と王族のお世話を担っている重要な仕事だ。よって我らは団結し王様の手足となり忠実にお仕えせねばならない。そして王室に危機が迫った時は命を懸けてしかとお守りする運命共同体である!」

 サムノムは尚膳の威厳に満ちた迫力に息を呑んだ。

「万が一内侍府の伝統に傷を付け、名誉を失墜させる振る舞いをした者はその命をもって罪を償わねばならぬ事をしかと覚えておけ!」

 再び兵士が床を打ち鳴らし「忠誠!」と声を上げる。

 サムノムは目眩がした。

 最後の言葉は自分に向けられた気がしたからだ。

“内侍府の伝統”

 内官は男にしかなれない。

“名誉を失墜させる振る舞い”

 女が内官の振りをする事。

ーど……ど……どうしよう…(泣)ー

 このままいけば間違いなく死罪だ。

「う…うう……っ」
 誰かの泣く声に視線を向ければサムノムの斜め前に立つ男が小便を漏らしていた。

 まだ13~4才の少年だ、余程怖かったのだろう。

 その様子を上から見ていた上官たちはやれやれと溜息を漏らす。
「可哀相に…また1人漏らしやがった、毎回ここまで脅す必要があるか?」
 チャン内官が呟くと隣にいたマ内官がフンと鼻を鳴らす。
「初めに手綱を締めておけば後が楽だ」
 それを聞いてソン内官が鼻で笑った。
「そうか? だが手加減してやれ。新入りの時に醜態を晒せばしばらくは笑いものになるからな。よく知ってるだろ、お前は」
「誰の事ですか?」
 チャン内官が聞くとマ内官が無言で去り、ソン内官も「知らなくていい」と去って行く。

「誰か分かっちまった(笑)」

 内官の中では尚膳の次にソン内官が年長で次にマ内官、ひと月遅れでチャン内官が宮中入りしていた。
 尚膳の訓示が終わると代わってソン内官が前面に立つ。
「新入りを見極める試験は3回に分けて行われる。身体検査と筆記試験、そして適正試験だ。1つでも不合格があれば直ぐに王宮から追い出される故、皆覚悟を決めて臨め、分かったな!」

 女だとバレても追い出されるだけで済むのだろうか。

 いや、そもそも性別を偽る事自体が罪なのだ。

 許されるはずがない。

 次にマ内官が前面に立った。
「私はお前たちの教育を担当する内官のマ・ジョンジャだ、ではこれより身体検査を行う!」

ーえ?! もう?!!ー

「名を呼ばれた順に検査室へ行け!」

 ダメだ…逃げられない!

 サムノムは脳をフル回転させて逃れる術を考えたが
妙案は浮かばなかった。

***

 検査室の前でサムノムは恐怖のあまり汗だくになっていた。

 もう気を失いそうだ。

 次々に名が呼ばれていき、とうとう次は自分の番だ。
「……っ」

ーだめだっ 逃げよう!ー

 衝動的に回れ右して逃げ出そうとし、後ろにいた大男に盛大にぶつかった。
「痛いな!」
「あ…す、すいませんっ」
 その風貌から年上だと思い敬語で謝ると「いや、俺も新入りだ気楽に接してくれ(笑)」と人懐っこそうな笑顔を見せる。
 その男の後ろから別の男が顔を覗かせた。
「こいつはト・ギ 18、俺はパク・ソンヨル 同じく18だ」

「え、18?!」

 どう見ても30は過ぎてるように見える。
「…俺も18だ」
「なんだ、じゃ3人同い年か、仲良くしようぜ!」
 ト・ギが笑顔でサムノムの背を叩く。

「それにしてもお前汗だくだな…なんだ検査を受けたくないのか?」

「も、もしや受けなくて済む方法があるのか?!」

 勢い込んで聞くと、ソンヨルはサムノムの股間を見る。
「お前…もしかして…」
「な、なんだよ! 俺はちゃんと…」

「ホン・サムノム、ト・ギ、パク・ソンヨル!」

「!!」
とうとう名を呼ばれてしまった。