このニュースはリアルタイムで知ってた。
中国:ひき逃げ2歳児、18人見て見ぬふり 人心荒廃嘆く
◇広東地元テレビがビデオ流す ネットで批判殺到、人民日報「道徳向上を」
リアルタイムで知った時はニュースだけで動画は無かった。
それが数日経つと中国でのニュースでは、その有り得ない事実の動画が放送された。
僕は自分で言うのも変だが「義」を重んじる性格だ。
人から恩恵を受けたら100%忘れない。
それを心の中で借りができたと解釈してるからおなさらだ。
以前から例える映画「ペイ・フォワード」や日本では認知が薄いオリーバー・ストーン監督が製作した「サウス・セントラル」で同じことを学んだ僕は、人生どちらかに極論で言うと別れると思う。
1つは映画「ペイ・フォワード」や「サウス・セントラル」の様に友達や他人から恩恵を受けたら、それを相手に返すのではなく他の困ってる人に返す生き方。
もう2つ目はこの動画の様に自分本位、損得勘定を常に前提として全て自分以外の人間はメリットが無ければ付き合わないバトルロイヤル形式の生き方だ。
情が存在するのも人間らしさだが、エゴや慢心もまた人間の悪いところで表裏一体の部分でもある。
この18人の人間が素通りするのは日本だったら100%有り得ない。
倒れてるのが子供であれば間違いなく助けなくては!という気持ちが先行する。
文化や気質の違いだけで片付ける前に、この付近の人達は貧困層なんだろうか?
僕が友達から聞いた話しでは都会の方が蹴落とし合いで田舎に行くと人間らしさの違いが出てくると聞いた。
当然、お金の面は別。
また一人っ子政策の件は以前、人身売買の記事で触れたが貧困層の人達が二人目を産んだ場合、平均収入の3~10倍の罰金が科され、3人目以上の場合には罰金額はさらに倍になると書いてある記事を見た。
もし仮に貧困層で人買いにあった子供だったとした場合、100歩譲って18人の人間全員があちらのマフィアなの?
それは絶対に有り得ない。
資本主義の良さに気付いた時の天安門事件では多くの血が流れ、その際困った当局は資本主義は良くないことをすり替えるため反日と戦争の頃を大きく教える様になったと聞いた。
反日教育がどこの省から始まったまで情報は普通に流れてる。
日本でも以前書いたモンスターペアレントみたいな人達には目には目のやり方でいかないと、その陰険なグループのリーダーの顔色を窺わないと子供が虐められたり、常に個を優先し助け合いではなく蹴落とし合い(※正確に言うと資本主義は実は蹴落とし合い)を優先にする人は全く理解できないし、逆に凄く虐めたいというかツールがこちらも無い訳ではないから、土下座させる方向と絶対に屈服させる手段にシフトチェンジする。
もっと言うと世の中が全て奪い合いであれば、それは乱暴な言い方になるけど皆平等だ。
動物社会で言う弱肉強食だから自然の摂理に通り、弱いものは淘汰される。
しかし、僕等は義務養育を受け、道徳倫理や小さい頃にやらかしたことで派閥や虐めに合ったり、その逆で人を虐めることに独占欲を感じることも小学校から高校時代までに嫌でも経験し体で学ぶ。
この動画でスルーした18人の人達は生まれてから一度も他人の好意だけで助けられた記憶はないのだろうか?
もし、そうであるのならばコッチェビの映像と同じで皆が自分で精一杯だから国が違えばルールも違うし生きるレベルに問題があるから凝視する部分は全く変わる。
僕が何故、暴言で罵って結果から言わず遠回しに話しをするのか?
それは消去法で彼等の立場や心境に対し絞り込みをかけたいから。
酷く過酷な状況で育った場合、人を信用しないし貧困から来る犯罪も、僕がその状況ならまで考える。
今回の事件は、まず中国側が問題を隠蔽しないで、ニュースで怒りの感情をあらわにしてる時点でも、これは擁護する言葉が見つからないという結果になる。
僕は「有り難う」の感謝の意を感じない人も多く知っている。
そういう人間は立ち回りが上手い。
でも、腹の中ではベロを出してる奴も大勢見てきた。
薄っぺらい性格なら最初から自分は軽薄だと自己主張してる人間は、まだ僕の中で救いはあるが本質的に損得勘定が露骨過ぎる人、これ、必ずもめてキレます。
最初から武装してOKなら、仲間や知り合いが多いのも自分が築き上げた財産だから手段と資本を駆使してよいのであれば、最初からいばってよいのであれば、僕はそのルールに従うわ。
最初から優劣で付けて、また言葉に出してカスな人間は罵るわ。
まず、罵りたいし武装最前線で一目散にやっつけたいと思ったのは、この18人の情のない損得勘定と人間らしさに欠けた人達。
よく戦争後、マッドマックスの様な世界、要するに武闘派集団と井戸を掘り現在の共同生活を営む人間と大きく二種に別れる。
リュック・ベッソン監督の処女作「最後の戦い」は内容はどきつくないけど全員が敵で、ほとんどの人間が個別で生きてた。
共同や共有するためには「人を信用」するまで時間が掛かるという様なセッティングで、映画で人生を教えたい主旨の映画ではないが、僕はその世界も存在するんだと若い時、えらく納得した。
集落になるのは先の言葉「人を信用」しないと成立しない。
映像を見ても明らかに文明社会で相手は車という現代社会にかかせない乗り物を運転してる訳だから、集落の中に「自分が損をする」を考える人が増えた状況がこの動画には露骨に出てると思う。
映画「最後の戦い」で言うなら、やはり信用してはいなけいと振り出しに戻る。
でも最後の戦いは仕事も学校もルールもない。
この事件は仕事や学校もルールもあるのに起きた。
今回も同じ風潮になってるが気質に凄く問題があることが問われてる。
1人だけなら、それは「個」という判断になるが18人も子供が事故にあって救済しないのは道徳倫理に問題がある。
教育も受けてるはずなのに、ここまで露骨なのは本当に非道だ。
発展途上国で物資の奪い合いの国、世界一治安が悪い国なら、まだ理解できる。
何回も言うけど社会を営む中で生きてる人達が、自分の街で子供が重傷を負ってたら救済する、もしかくは110当番に電話する教育は受けてない筈がない。
それをスルーする方が日本では至難になる。
オリンピック開催時も世界的にマナーが悪いことを懸念してたのは日本であれば誰もが承知だけど、さすがに子供が倒れていて無視できる状況って、どういう気持ちで子供見ていたんだろう。
心理学の本で昔書いてあったのは大勢の人がいる中で、他人が何かを落とした場合、群集の中にいるから誰かが拾うという心理が流れる。
反対に他人が落とし、自分しか気付いていない場合は拾おうとする心理が働くと書いてあった。
バスに乗り、ブザーを押したら負け的な心理も大嫌いだが今回の事件はその群集心理にも当てはまらない。
個が個を見てスルーが全18人は恐らく動画では初めてなのではないだろうか?
ニュースで活字だけでもビビッたのに動画を観ると道徳倫理の違い、自分が1番嫌う行為してる事になる。
僕はスルーした人は犯罪にならないのも恐いと思う。
「罪悪感に苛まされる」
この言葉から無限に遠い位置にいる人達。
反省や自分自身を見直さない振り返らない人は、セミナーでいう「根拠の無い自信」で生きてる理屈と同じ。
僕はメンタリティが弱い分、このニュースは憤慨した。
弱気、強気も実は表裏一体の書籍も昔読んだけど、これは強気、弱気は全く関係ない。
その尺度ではなくもっと人間的な1番「核」にならないといけないものを感じない。
「世も末」という言葉が浮かんだ。
また反対に絶対にこの精神は間違ってると言い切れるくらい、18人の反対側に立ちたい。
こちらのメインBLOG「PARANOIA TRAINの日々」も宜しく。
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