一昨日から入院しています。
精神科の隔離病棟という所。
ご飯も食べれず
夜も眠れず薬も飲めず
部屋に引きこもる様になり
で入院となりました。
診断名はうつ病。
家では両親に健常者として
扱われてました。
ぐーたら寝て無いで
家の事をしろ。
外に出て運動をしろ。
それはうつでしんどい私には
残酷な言葉でした。
それが重なり入院となりました。
入院してる今も
たまに親がお見舞いに来ますが
今でも残酷な言葉を浴びせます。
うつは考え方次第。
お前は病気だからって甘えてる。
こんな変な所(精神病棟)に
ずっとおらせたくない。
早く元気になって欲しい...。
両親の言葉も分かります。
でもADHD、知的障害
うつについて
全く知識も理解無い
親の存在、言葉は
私にとって苦痛でしかありません。
隔離病棟なので
不自由な事もありますが、
正直今親元を離れて
ゆっくりできてる事が
すごくありがたいです。


親なんか理解者じゃない。
理解者と思わない方がいい。
障害の辛さは
障害者にしか分からない。
結局健常者の口から
出てくる言葉は
「怠けてるだけ」
「努力でなんとかなる」
この二つしかない。
本音はだらけてないで
家の事くらいしろ
早く働いてお金を入れろ
親は表面では理解者ぶってるけど
家族に障害者がいる事、
働いてない事、
 結婚もしないで
実家にいる事、
それらを世間に知られるのを
恐れているだけ。
それで批判されるのを
恐れているだけ。
もう他人にも身内にも
自分という人間も
障害の事も
理解して貰わなくていいと思う。




大阪にいた頃それなりに
行為を寄せていた人もいて
行為を寄せて貰えてもいた。
大阪で働いていた職場では
どこでも必ず望んでもないのに
男性関係の話しが付きまとった。

そして人生でたった一人
この人の為だったら
死んでも良いという人が現れた。
こちらから行為を寄せる人は別として
行為を寄せられた人達
職場で知り合った人達
友達になりかけた人達
職場で良くしてくれた人達
共通の趣味から仲良くなった人達

沢山の人と関わったけど
結局他人が信じられず、
表面上の付き合いが
耐えられなくなり、
そのうち連絡を途絶え
冷たく突き放し
そして自ら離れていった。
結局6年半友達も恋人も
一人として出来なかった。
人付き合いが下手くそなのは
私の性格のせいなのか?
過去のせいなのか?
私はどっかおかしいのか?
悩んだ末20代最後の
誕生日を迎えた日に
私は一人で生きていく事を決めた。
そして話すという事もやめた。 
(この時はまだ障害を知らない)

深く関わらなければ傷付く事も
傷付けられる事もない。
防御は最大の攻撃なのだ。