れいわ新選組代表の山本太郎氏が代表辞任、国政からも引退とのニュースに愕然とした。
れいわ支持で、山本太郎氏の活動を応援してきたから、少しショックだった。いや少しではない。
今のこの日本の政治に対して、こんなにはっきりとNO!をつきつけて行動した政治家はいなかった、と思う。
その言動はよくも悪くも先鋭的でそして、とても純粋だった。与党はもちろん、野党もあかんことはアカンと、訴えた。
正直、私はいやあ、もうちょっと抑えたほうが…と思っていた。
が、あんな魑魅魍魎のうごめいているだろう国会という中で、おそらく怒りと悔しさにまみれていたのだろう、しかも、毎日のように全国化各地でのデモやおしゃべり会開催にのどみ、どんな稚拙な質問や、アンチのような人物の質問にも、キチンと答えていたことに、その誠実さには驚くしかない。
支援者はそんな太郎さんの行動に、いくら体力があるとはいえ、いつかは倒れるのでは?と危惧していた、残念ながらやはりだった。
会見にのどんだ時、痩せて顔がコケていたように見える、がんの一歩手前ということだったのだけど、もしかしてがんになってしまったのかもしれない。
なのに、いつもれいわの定期会見で、悪意に満ちた質問を繰り返す自称フリージャーナリスト?のれいわつぶし丸出しの質問には、さすがにいつもの太郎さんの様子とは違っていた。こんなやつらにいつもさらされていたら、ストレス感じて当たり前、正論を吐くものにきれいごとだとつぶそうとするやつらのなんと多いこの国
確かにれいわ代表だったりすると、なんらかの責任問題に関与させられるし、いろんな事柄にかかわることもあるし、また、アンチの、鬼の首をとったような騒ぎように、政界引退ですっきりしたほうが、治療には良い環境になるかと、思う.
今はただ治療に専念してほしい。
れいわ新選組という組織を運営することは、それぞれ強い個性を持った人たちの集まりだから、まとめることは難しかったのではと思う。
それでも、一時は議員数も増え、大きな政党になるかもと、期待させたくれた。
れいわ政策は、誰もが生きていて良かったと思える社会を作りたいという、常に弱者に寄り添う政策だった。
重度障害の方3人を国会に送り出した時は素晴らしいと感じた。
これまで、そんな発想はなかったのが多数だったと思う。
本質はとても純粋な太郎氏は、純粋なまま突っ走って、いわゆる大人の対応的な人々の集団に穴をあけようとしたのかもしれない。
燃え尽きたのかもしれない…、
問題になったスピード違反のことも、やってしまったことに笑って世間にごめんなさいと言えるような性格ではなかったよう。
もうこんなカリスマ的な人物はでてこないだろう、とても残念だ。
ただ、れいわ新選組という名称も変えるというけど、これまで太郎さんについてきた支持者、ボランティアはおそらく戸惑っているに違いない。
私もそう…
確かにれいわ新選組は山本太郎さんがひとりでたちあげたけれど、その理念、行動に賛同して、活動してきたボラや支持者にとって、これまでの看板さえおろしてしまうことは、これまでの実績をないがしろにしてしまう。新たな出発なんてかなり厳しい現状だ。
そのことも残念でならない。
自民、維新政治、そして似通った野党、この腐りきった政界に一筋の灯りを託していたから、なんとも言えなく虚しい。
