R4結果偏差値が出ましたね![]()
息子の受験校に関しては山ほど思うところありですが、咀嚼出来ず。またいずれ。
娘校はクイっと上がって以来、なんとなく今年あたり1Pくらい下がって少し落ち着くかなと思いましたが、ステイ。
さて卒業式が終わり、学用品をせっせと揃えているわけですが、靴下はもちろん校内移動用の小さな手提げから習字の筆まで指定品だった娘に対して、息子の進学先は自由が多い。
自由は自由でどんなものを買ったらいいか迷いますね![]()
さて。
中学受験…本当に大変ですよね。
しかし世の中には、フルタイムで働きながら伴走されているお母さまもいるわけで…。
しかも年齢的に管理職の方も多数。
どうやってこなしてるんだろうか。
羨ましい、憧れる。
バリバリ活躍されている中受お母さま、
一方扶養内パートの自分![]()
実は結構ね、引け目を感じていたんですよね。
息子が生まれて、職場復帰しなければならないタイミングで保育園が決まらず、新卒から正社員で働いていた会社を辞めました。
仕事を辞めると決めた私は、真っ先に父に連絡して謝りました。
中高一貫校に通わせてもらって、短期留学もさせてもらって、大学も出させてもらって、せっかく良い会社に就職出来て…なのに結果専業主婦になります、全て無駄にしてしまいました、ごめんなさいと。
父はその時「一貫校に通わせた意味は、良い学歴、良い会社に就職させることだけではない。」
「私立一貫校に通うということは、環境を選択すること。」「その環境で培った人間性は一生あなたを助けてくれる。」「だから仕事をやめて専業主婦になるのだって悪くない。」「子育ては貴方にしか出来ない壮大なミッションだ。」
なんかそんな風なことを言ってもらった記憶があります。
だけど本当はどう思っていたのかな。
いつまでも扶養内パートの私を、残念に思っていたかもしれません。
ずっと負い目でした。
一度正社員のキャリアを離れると、復職は容易くありませんでした。
小さいうちは自分の手で。
子供と過ごす時間に欲が出てしまったんですね。
そうこうしているうちに、娘が小学3年生。
中学受験の始まりです。
このタイミングで息子が小学生になりましたから、フルタイムに復帰する手もありました。
でも小学校から帰ってきて、娘の顔を見て塾に送り出したい。これも子供に対する欲の一つ。
そこから数珠繋ぎに息子の中学受験も始まり、気づけば扶養内パートの私は齢40も半です。
だいぶ年齢も深まってしまいました。
確かに、子育ては一生懸命やりました。
ここに対する自負はあります。
しかし、それはキャリアを捨ててまでやるべきことだったのか…。
親はなくとも子は育つ。
母は働き、ある程度忙しくしてたって結果は同じだったかもしれません。
むしろその方が、もっと自立した子に育ったかもしれません。
こういう道を選択した以上、今さらどうにも出来ませんが、葛藤はずっとありました。
さぁこの春ようやく息子も中学生。
娘がそうだったように、中学生になってしまえば部活に自習室に、帰宅は毎日19時~20時近く👏
満を持して、いよいよフルタイム復帰でございます!
出来れば43歳くらいでフルタイムに戻りたかったです
もう2、3年結婚も出産も早くすべきでした。
もっと手に職をつけておくべきでした。
本当はあの時、何がなんでも正社員でい続けるべきだったかもしれません。
正社員を捨てて子育てに情熱を注ぐなんて、バカなことをしたのかもしれませんね。
中学受験の伴走を必死でやりました!
これ、社会で何の評価になりますか![]()
たがしかし。
年齢的にも能力的にも苦戦覚悟の就活でしたが、思いがけず古巣復帰が決まりました![]()
世間の働くお母さまに引け目を感じつつ、実は子供たちにも引け目を感じておりました。
娘は朝早くから1時間以上かけて通学、息子も遊ぶ時間を削って中学受験を頑張りました。
子供たちに、やれやれいうばかりで私は何も努力していない。説得力がないよね…。
4月からは母も新しいチャレンジです![]()
脱庶民!!とまでは行きませんが😅
目標はここから10年、頑張る。
おまけ。
余談すぎる余談なんですけど、つい最近までパートで働いていた会社が恐ろしくごたつきまして、
詳細は割愛しますけど、この前会社に行ったら、突然社長が連れて来た良からぬ方々が現れて、とにかくバッティングしない方が良いということで、私ともう一人のパート仲間と二人、隠し扉から隠し部屋に逃げまして、隠し裏玄関から脱出するという、とんでもなくスリリングな事態に巻き込まれました(笑)
一介の主婦になんてことさせるんでしょうか![]()
こんなことがあったりもしたので、もう中小はこりごりです![]()
次は大企業だー\(^^)/



