「困っている人がいる限り
私は安心して過ごせない」


という条件を以前は持っていた。

もちろん当時は
そんなこと認識していなくて

「困っている人は助けたい」

というくらいだった。



目の前にいる人、
だけでなく

戦争や環境破壊に心を痛め
とにかく大きなことをしたかったし

占い師さんに

「戦争は無くなると思いますか」

と泣きながら聞いたことがある。



とにかく誰かが辛いと
私も辛かった。



でもそこから十何年と経って

どんなときでも
自分は幸せになれる

という生き方を知って


周りで何が起きていても
私は私でいられて
健康でいて

それでいて

誰かの笑顔にもつながっていて


無理ない範囲で、
好きな時に寄付をして

できる範囲で
環境に良い商品を買い

行ける時に
ゴミ拾いに行き

猫たちの里親になり

オーストラリアのコアラの
里親にもなったりした。


↑これは茅ヶ崎のビーチクリーン

 


誰かの役に立ちたいという思いは
今もあるけれど

それができなかったとしても

自分の存在価値がないと
感じることはなくなった。


それを一番には置いていない。


生きるのが楽になって

毎日幸せを感じてて

本当に人生変わったな

って思えることをしてきたし

これは絶対伝えたいよね!


と思うようになった。



好きなことをやってたら
誰かの役に立っていた。

これはとても健康だ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
自分を満たして
溢れた分を誰かに分け与える


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

という、有名な言葉の意味が
よーくわかったのは
ほんのここ数年。



昔は

休憩するってこと?
ちゃんと遊びもやるってこと?

程度に思っていたけど
それだけじゃなくて
 

  • 自分が好きなことやる
  • 体に無理がないやり方に工夫する
  • それ自体が誰かのためになる
  • 楽しんでれば夫も幸せになる



ということがわかって


これは体感しない限り
理解できなかっただろうし
軽んじていたままだったと思う。

幸せを感じながら
好きな仕事ができる
っていうことを

特に頑張りすぎてしまうとか
無理しやすい人に
知って欲しいと心から思う。

 

 

YURI