感じたことを
記しておこう。
あれから彼の過去の舞台や歌の映像を見ていると、
・生きる意味は何なのか
・自分とは何者なのか
・大事なことは何なのか
という言葉が何度も何度もこだました。
そして、今日ふと思った。
「これは誰の言葉なのか。」
彼の言葉?
最初は彼の言葉だと思った。
彼が日々、自分に問いながら生きていたのではないだろうかと。
彼からのメッセージなのだろうか。
それとも
何か大いなるものからの言葉なのだろうか?
・・・そして、気づいた。
・・・「私の言葉だ。」
彼を通して、私の根源的な問いが
表に現れたのではないか、と。
なぜ歌や舞台、芸術がいつの時代も
人の心を揺さぶるのか
それは、見ている人、聞いている人が自分を投影し、眠っていた感情が起こされるからではないだろうか。
言葉にならない想いがうごめく。
これが、人が人として生きていく活力にどれほどなることか。
わたしは思った。
彼は
日本が、世界が、変革していくこのトキに、
自分の生き様を世に伝える宿命があったのではないか、と。
彼は表現者であり、彼自身が芸術だったのではないか、と。
全てが推測。
でも、私が今感じたことを記しておく。
正しいか、間違いか、が大事じゃない。
今、自分が何を感じたのか
今の自分が大事なのではないだろうか
それを大事にできるのは、
やっぱり自分しかいないのかもしれない。
彼はたしかに、命を燃やして生きていた。
この事実は変わらない。
人の運命は分からない。
でも、きっと私と同じく、彼の死から、生きる意味を考えた人は多いのではないだろうか。
ミュージカル「キンキーブーツ」、、圧巻。
輝いてる。
そして、あの遺作となったMV、、、
美しい。
何度も何度も見てしまう。
彼という存在が、いるようで、いない。
いないようで、いる。
まさに、見れば見るほど、見ている人が自分の何かを投影してしまうような芸術に感じた。
彼はそんな宿命を背負った
天使だったのではないだろうか
「あなたは今、生きてますか?」
笑顔の彼が問いてくるようだ。
「生きるって尊いよ。
命燃やせ」って