母との関係
母は自分にも他人にも厳しかった
もちろん、子供である私たちにも
家には母屋と離れがあった
普段はみんなで母屋で過ごしているのだが、
寝る時は祖父母が母屋、父母と私は離れで寝ていた
妹が産まれると、しばらくは手がかかるため、
私はそれ以降、母屋で祖父母と寝ることになった
祖父は昔ながらの厳格な人だったが、祖母はとても優しい人だった
私はどんどん「おばあちゃんっ子」になり、
母に怒られるとすぐに祖母のところに逃げるようになった
母はそんな私にも、祖母にも腹を立てていたと思う
逆に、妹は母にべったりな子で、いつも母のそばにいた
私の目には、母は妹をとても可愛がっているように見えた
私たちが成長していくにつれ、性格にもどんどん差が出る
私は大人しくて、引っ込み思案
妹は活発な優等生タイプ
挨拶や受け答えもしっかりできる妹は周りからも褒められることが多かった
妹の性格は母の理想だったと思う
一方、親戚から話しかけられてもモジモジして答えられないような私の性格は、母をイライラさせていた
可愛がられなかったわけではないし、
母からの愛情を感じなかったわけでもない
分け隔てなく服や物は良いものを持たせてもらった
絵画教室や英会話など、私だけ行かせてもらった習い事もある
でも、きっと母は私のことは好きではない
そんな風に思っていた
母が気に入るような行動、言動ができない自分が悔しかった
母の喜ぶような子供になって、妹のように可愛がられたかった
母との関係は、少し複雑だった
悶々としていた私の気持ちは、反抗期という形で表面に現れた
今振り返ると、私は随分恵まれた環境で育ったと思う。
広い家があり、逃げ場所になる祖父母がいて、趣味の習い事にも通わせてもらった。
それでも。
子どもの私は、ただ母に「よくできたね」と言ってほしかった。
幼稚な恋
当時の小学生の恋なんて、ままごとのようなもの
あの2人は両思いらしい!
〇〇ちゃんの好きな人は△△くんらしい!
そんな程度だった
私も「好きな人」は常にいた![]()
でも、クラスが変われば好きな人も変わる
今思えば、その程度の「好き」だったそれでも、私なりに一生懸命だった![]()
当時流行っていたおまじないの本を買い、 相手の名前を何百回も書いて枕の下に入れてみたり…
日記には 「今日は3回目が合った」 「今日は話しかけられなかった」
今読んだら、自分でも笑ってしまうようなことばかり書いていた気がする![]()
年齢が上がるに連れて、
意識して男の子とは話せなくなった
当然「好きな人」とマトモに話すことすらできず、
話しかけられてもそっけない返事しかできなかった
話しかけられてもまともに話せないのだから、
うまくいくはずもなかった![]()
イジメ
高学年になると女子の関係は複雑になる
リーダ格の子に気に入られるのは変わらずで、
私はクラスの中心的なグループにいた
グループ内でもいざこざは発生する
理由すら覚えていない
たぶん、本当に些細なこと
「その子」に声をかけずに集まった
雑貨屋さんでいつも通りはしゃぐ
誰かが言い出す
「お揃いでリボンを買おうよ」
みんなで緑色のリボンを買った
「全員明日つけてきてね」
何をしようとしているか…わかった
翌日、約束通りリボンをつけて登校した
リボンをつけたのは女子の1/3程度、7〜8人くらいだったと思う
担任の先生も気づき、
「なんだ、なんだ。みんな一緒じゃないか!本当に仲がいいなぁ
」
朝のホームルームで笑いながら言った
私は周りに気づかれないように「その子」の方を見た
隠れるように下を向いていた
申し訳なく思った
でも、同時にものすごく優越感も感じていた…
1人を外したことによるグループの結束、
自分は外されなかったという満足感…
‘’楽しい“と思った
その後も「その子」を空気のように扱った
輪に入ってきてもいないかのように、皆が振舞った
話しかけられても返事をしない
次第に「その子」は私たちの所には来なくなり、
気づけば、私たちの輪から完全にいなくなっていた
卒業する頃には、
彼女と再び普通に話すようになっていた
話しかければ返事は返ってきたし、
無視したことすら私は忘れていた気がする
卒業式
写真を撮り合う
この時ばかりは、
グループを越えてクラス中の子と写真を撮った
…はずだった
でも、彼女は私のカメラに1枚も写っていなかった
確かに彼女はいた
写真を撮ろうと声はかけたと思う
でも、彼女は私の写真には入らなかった
私だけではない
同じグループの子に見せてもらった写真の中にも写っていなかった
言ってはいけない気がして、
写真にいないことは誰にも言えなかった
でも、それが彼女の答えのように思えた
彼女は忘れていない、私は許されてなんかいない
穏和な彼女がここまで頑な行動を取った…
初めて、自分がしたことの重さを突きつけられた気がした
私には、何がきっかけだったのかすら思い出せない。
でも、彼女は違った
彼女にどれくらいの悲しみ、怒り、悔しさを感じさせたのだろうか
彼女とは中学も一緒だった
ただ、クラスも違ったため、3年間一言も話さなかった
近寄ることも避けていた
その後のことも何も知らない
それでも…
私は彼女の名前、顔、声をずっと覚えている