4月も1週間が経過。怒涛の日々が過ぎていく。

3時に寝て、6時半に起きる生活は本当にきつい。4月に入って、想像以上に厳しい下現実に直面している。

精神的にも肉体的にも。だけれど、ここはひとつ踏ん張って尽力するしかない。苦しい時こそ成長すると思って、前向きにやっていきましょう。


さてさて、とはいっても、金曜の夜から今日まで、地元の祭りだったわけで。

正直こちらは肉体的にしんどいし、強制参加だけれど、こんな時期にやるものではない。

アルコールが残っていて少し気持ち悪い。



だけれどリフレッシュになったし、何より気が付いたことがある。


1.大自然に囲まれた地元がやはり好きだということ

最近は、大阪に足を運ぶことが非常に多いけれど、やはり田舎が素敵だなと感じた。

大都会の喧騒は、いつだって気が抜けないし疎外感に包まれる。


それに比べ、空気がきれいで、ビルも何もなくて、静かな地元は、外にいるだけで心が充足される。

きっと、外気が暖かかったせいもあるけれど、久しぶりに幸福感に包まれた。

昔から、夕日が好きだったり、ちょっと遠回りして景色のきれいなところに足を運んだりしていたくらい、僕は大自然が好きだった。


だから、これからの「生き方」みたいのももっと色んな視点から考えるのもありだなと感じた。


確かに、「最近の若者は内向きだから」と言われるのかもしれない。

でもそんな世間体なんてどうでもよかったりもする。

まずは、自分にとって大切な価値は何なのか。きっとそれが一番大切なんだろうな、と感じる。


だから、この視点からもう一度考えてみたいなということ。




2.いろんな生き方があること

最近は就職活動で、「大手」だの「優良企業」だのいろいろ気にしていたけれど、それ以外にももっと多様な道があるのだろうなと感じた。


工場で働いている人もいる。

大好きな車にかかわる仕事をしている人もいる。

中小企業で充実した人生を送っている人もいる。


正直、どうなるのかはわからないなあ。

会社の規模とか、そこで得れる幸福感とか、そんなもんは、やはり入ってみなければわからない。

大企業だろうが中小企業だろうが。


だから、大企業に入れば幸せになれる、というのも、正直わからない。

給料が良いからといって幸せとも限らない。


結局自分で選択して、自分でつかみ取らないといけないのだろうなあ。


何が正しくて、何が正しくないのかはわからない。



自分の求める本当の欲求に、世間体とかなしに、正直に選択したい。

そして、選択した後は、その中でいかに尽力していくかだなあ。


厳しいことだらけだろうけれど、精一杯向き合って生きていきましょう。


本当に今日はリフレッシュできた。

酒が残って若干気持ち悪いけれど(笑)、今日は2時までやって寝ましょう。



やはり、パソコンだとキーボードを打つ速度で思考し文章化するから、日記を書く分には良いのかもしれない。

もちろん、もっぱらアナログ派の僕にはノートに書くことも欠かせないのだけれども。



さて、最近思ったことを書きましょう。


1.ありのままの自分で勝負できるんだ


ESであったり、企業の面接で本当の自分、偽りのなり自分で挑んでみたところ、案外評価してもらえたところがあったのかもしれない。

研究活動や学生団体での活動、ゼミでの活動を欺瞞なく伝えたら、気持ち的にも楽だし、何より、自分を少し評価してもらったようでうれしい。


今まで、自己嫌悪の繰り返しだったから、自己を卑下したり他人に侮蔑されることには慣れてしまっている。

だから、企業に否定されようと、別にどうも思わない。「またか」で済ましてしまう。良いのか悪いのわからないけれど、これが僕の性格なんだ。

「自分自身を否定された気持ちになる。」って多くの人は言うけれど、彼らは自尊心を持って生きているから、自尊心という前提を疑うような出来事に困惑しているのだろうけど、僕の前提にあるのは自己嫌悪だから特に困惑しない。

彼らと僕の前提からそれぞれ演繹的に導出したら、違う感情が生じるということだ。


話を戻すと、ありのままの自分で勝負していこうよ、ということ。

その中に戦略性を持たせれば、良い。

この戦略性を考えるという点も、自分の習慣だから、自分らしさでもある。



2.戦略性が大切


上記した通り、戦略性の重要性に気付いたんだ。

ありのままの自分で行ったら「落ち着いた、まじめそうなやつ」に終わってしまう。

プラスアルファ、明るさ、活発さ、元気の良さ、積極性ということをプロモーションしなければいけない。

この戦略として、面接時のエピソードなのか、表面的なコミュニケーションの部分で見せるのか、大きく2つある。


前者では、趣味でサッカーをしているだとか、飲みによくいくだとか。基本的にまじめだけど、という譲歩を入れるとか。授業を少しサボっていたこともあるだとか。わざと、自分という人間を崩すこと。きっとこれによって印象が変わってくるはずなのだ。あと、あなたは他人からどのようにみられますか?という問いに対する答えも重要になってくる。ここでも、砕けた側面を見せないと。これは後日考える。


後者は、笑顔と声のトーンとかだよね。こいつ人当りが良いのだなと思わせなければならない。

そのためには、落ち着き+αでもっと自分を作らないといけないから、これは後日考えるとする。


それを考えよう。


3.締め切りぎりぎり病をやめよう


昨日は面接があるにもかかわらず、直前までESをやっていた。

もっとテキパキとやらないと、しんどいだけだ。

少なくとも面接までたどり着けた会社に対してしっかり準備しないともったいない。今までの努力が。

そのためにも、しっかり今は耐えてやるしかないのです。



4.選択と集中だ


そろそろ、日程的に連続してくるし、重複してくる。

正直、すべてに照準を合わせるのは難しい。厳しい。

自分が、ここなら入っても良いというレベルならばやるべきだけど、ネガティブな動機で受けるようなところは、やめて他に力を回した方が得策かもしれない。


正直、直前になる原因の一つでもあり、選考通過率を下げてしまう。つまりは、もったいない。

自分の中で大切なところを見極めて尽力しよう。

確かに、超買い手市場の現在の就職活動においてこんなこといってられないのかもしれないけれども。



5.やる気が出ないときはブログを書こう


自分の言葉を具現化することによって漠然としている不安や課題が明確化してくる。

また、文章を書く練習にもなる。語彙を広げながら、かつ、自分の考えを文書化する訓練として励行しよう。





さて、やりましょうか。厳しい日々には変わりないし、正直、僕にとっては4月1日は先のブログで述べたような意味を持たない。

何の節目もない。


今は耐えるとき。心の休まらない日々が続くけれど、それを早く切り抜ける意味でも、今耐えるしかない。


さあ、ね、やりましょう。

今日は2時には寝るつもりでね。






今日は3月31日。

2011年度最後の日でもある。


明日からは4月が始まる。

2012年度が始まる。


私たちは何かと「節目」を重要視する。

「4月から気を引き締めていきましょう。」

「4月1日から採用活動が本格化します。」


4月になったからといって本来は何も変わらないはずなのに。365分の1日であるのには変わらないのに。

1年間という連続性の中にあるのに、あたかも明日が非連続性を持った特別な1日であるかのように我々は捉えようとする。

4月になったからといってスーパーマンになれるわけでもないのに。


でも、だからといってそれが悪いというわけでもない。

「4月から気合い入れ直すぞ」という、一種の精神高揚作用を持たせてくれる。

「4月からいよいよ社会人だ」という覚悟を持つことができる。

何かしらの精神的な転換期となるのだろう。そうすることで、連続性の惰性を抜け出すことができるのだろう。

そういう意味では良い慣習が息づいているなぁ、と感じる。



さて、来年の今頃はどこでどうしているのだろう。


なんて考えたところで何もわからない。

未来なんて不確実性の塊だ。

正直来月の自分の姿すら想像できない。

就活が終わってるかもしれないし、終わってないのかもしれない。


と考えると、今をしっかり生きるしかないのかな。

昔は、この「今を生きる」みたいな刹那主義的な考え方が自己肯定の手段にすぎないのだと思っていたのだけれど、今はこの考え方がしっくりくる。


だから、耐えて耐えて尽力しよう。


もっと、勉強したいわぁ。

もっと、自分の考えの幅を広げたい。


そのためにも今をがんばりましょう。




雨が降りしきる3月の末日に