失ったもの。
「空白の2年間」に多くのものを失った。
遊びも信頼も幸福も勉学もなく、ただただ、「自分の悩み」に埋没していた。
毎日解決しようと、机の前で悶々ともどかしい日々を過ごしていた。
あのときもっと、違う考え方で生きていれば大学という貴重な時間をきっと有意義に使えていたのではないかと思うことがある(あった)。
「空白の2年間」を抜けてようやくスタートラインに立とうとした頃、周囲の人々は遥か先を走り続けていた。
失っていた時に、彼らはどんどん成長していた。僕が右下がりの直線で彼らが右上がりの直線。
幸福も勉学もすべてにおいて差があるのは明らかだったように思う(思っていた)。
これが、「僕はこれからの人間」と考える所以でもある。
得たもの。
「空白の2年間」があったから多くのものを得た。
論理的思考もノートに感情を吐露し修正することも戦略的に考えることもノートで試行錯誤を繰り返すことも心がおれなくなったことも。
この期間がなければ、僕はきっと、就職活動で大転倒していたかもしれない。
精神を蝕まれ、何が原因でだめなのかわからず、試行錯誤をすることもできず、支離滅裂に話していただろう。これは、もちろん自分の性格を前提としてのことだけれど。
これらは机に向き合い続けていたころに得たものだった。
喪失の中で獲得したもの。
失ったもの。得たもの。
どちらも重大であり比較考量しえないものかもしれないけれど、「空白の2年間」は僕のアイデンティティを形成するうえでは大切な大切な期間だったのかもしれない。
だからこそ、「この1年間が勝負」なのである。
可能性を引き出すとともに、+αとして「空白の2年間」に埋められなかったものもコツコツと対面していきたい。
もう少し先を生きれば、また違った考え方になるのかもしれないけれど、7月24日地点の感情は以上である。
「空白の2年間」の先を生きる喜びを噛み締めて生きていきたいと思う。。