ふう。。。 本日は ステビアの摂取をしないでおこうかな
まだ この前のティーツリーオイルの効力が残ってるのを
感じるから。。 明日の午後以降にしようかな。。
サケと白菜のおひたしを食べた☆ おでんも☆
井上尚弥さんと そのお父様の関係って素敵だなあ~
反抗したくなったりはしなかったのか みたいな質問に
尚弥さんは 自らの父も一生懸命がんばっていたから
言葉だけで言われるのと違って 反抗する気持ちにはならない~
みたいに答えてて、 あ~ ほんと そうだなって。
上の立場の人が 正しく努力している様を見れば
説得力がありますよね☆
あ~ スマホ ほしいけど どんな機種を購入したらいいのか
わかんないな~
本日も サンザシは 1.5カプセルになるかも。
テレビでコメンテーターが言ってたと記憶してるけど
俺もそうだなった思ったんだけど
モラハラとか パワハラとかってさ
受けたほうがそう感じたらハラスメントっていうけどさ
ハラスメントと感じたっていうことだけでは
それはハラスメントではないよね つまりそこはまだ
受けたと訴えている人による「推定」であって
事実として公認はされていない、とおもうんだよね。
ハラスメントっていう言葉は ある意味被害者を名乗るほうが
強く擁護されやすくなりがちだとおもうし
そういう風潮だと逆に 事の真偽を見誤るかもしれないって
思うんだよね。 たとえば 水掛け論みたいな
喧嘩状態になってる2人がいたとして 片方が
公然で 涙を流して訴えたときに 第三者から見て
涙を流して訴えてるほうの意見が 正しいんじゃないか
なんていう風に バイアスがかかったりしたら 事の真偽を
見定める上では マイナスだとおもうし。
やはり ハラスメントにしても 訴えやすくなった今の風潮は
とても歓迎はしているものの 個人的には
そこに冤罪みたいなのが生まれないように 冷静に
訴える側 訴えられた側双方の 意見を同時に 確認するのが
大事かなって思うね。
訴えるにしても 一方的にならないように 両者とともに
第三者を交えて 行えるような形に できるだけ近づける努力が
必要なんじゃないかなって思う。
一方的にならずに 誰かの意見に蓋をしないように
けん制みたいにならないように 対話的にやるのが適当かなって
思う。 時間をけちらないことも大事かなって思う。
性急にしようとすると 事の真相がわかりづらくなるかも
しれないし。 日韓問題とかも そうだなって思うね。
対立が 急激に高まったりすると 両者の会話のやりとりが
少なくなるというか 本来時間をかけた対話で 何往復
何十往復と やりとりして誤解を無くすとか 共通認識を
得ようとするほうがいいと思うところ ほんの少しのやり取り
だけで 最後通告の見せあい、みたいになっては 対話は
続けられないと思うし。
脊髄反射にならないことって大事だなって思う。
ワンクッション ツークッションはさんで クレームであっても
主張したほうがいいかもねって思うし。 まあ
実際には 俺も 嫌な思いして 頭にカンカンに来たときってのは
性急に物事を相手に主張してしまいがちになるとおもうし、
そこらへん 達観した境地になりたいですね~
まあ人生 健康で 雨風凌げる状態であるだけで
ありがたいなっていう所から 冷静に物事を見れたらいいかなって
思う。 些細なことでカンカンに怒って喧嘩してても
人間 自然の驚異などで それ以上の不幸が襲ったりします
からね。。 そうなってしまえば そんな些細なことで喧嘩してた
時のほうがまだ 恵まれてたなって おもうかもしれませんよ。
日々 新聞とかニュースで他人の不幸に共感したり 真剣に
解決法を考えたりするのは ある種訓練になると思うんですよね
そうやって想像力を維持していられれば
些細なトラブルとかで 自分を見失ったりもしにくくなるんじゃ
ないかなって思う。
「 これよりももっと辛い思いを自分は過去にしたことがある」
「 これよりももっと辛い状況にいる人が世の中にはいる」
そういう想像力が ある種 自分の冷静さを保ってくれるんじゃ
無いかなって思うんですよね。
「自分よりも もっと辛い状況にいる人が 冷静さと勇気を
もって 問題に対処してた」
とかさ。 「じゃあ 自分も そういう風にできたらいいな」
とかさ。