自分の好きなものはなんなのざましょ
それは 自分でよくわからないのざます
常に楽しいことを探しているのが 自分であって
非常に飽きっぽいのも自分であって
別に決まったもんが好きなわけじゃあないざますが
たとえばざます
本屋のエロ本コーナーがあったざますが
その前を通る時に 目線が コーナーのほうに引き寄せられますよね
それも ある種 私の好きなことなのかもしれませんざます
自分探しの旅に出るまでも無く 私は 本屋でエロ本コーナーに引き寄せられもするのざます
しかし そこで もう いい大人ですから 立ち止まって読んだりはしないざます
あくまで 表紙に目がいくだけの話ざます
そうやって 大人は 道理にしたがって 本来自分の好きなものを我慢していくのざます
人は社会に出て 家族を築き そうやって 増え続ける制約と 慌しい生活の中で
自分が ホントに好きなものを 我慢していくのざます
エロ本は 一例に過ぎません 変な一例で申し訳ないざますが
だからって スカートの中 盗撮した おっさんが 「これが俺の本当にしたかったことだ!」
とか ほざいた暁には 全力で 牢屋に放り込むざますが
つまり 自分が 本来したいことというのは
世間の常識が どんどん奪っていくわけですね
自分は小学生のころは 女の子のスカートをめくりまくってました
それは 常識として 許される範囲だったからです(よい子はしちゃいけません)
屋根の上に寝転んだり 人の家の塀の上も歩いてました(よい子は 以下略)
常識にのっとって行動しなければいけない
それは大人の義務ですから
大人になると 子供の頃のような感動が減ってしまった というなら
まずは 常識と 非常識の 境界線を
きちんと理解してみると
好きなものを 取り戻せるかもしれませんざます
たとえば フルタイムで働くというのは 必ずしも常識ではないですよね
案外 常識のようでいて違います
ドイツなどは もっと労働時間が短いです
昼間からプラプラしてても そういう仕事であれば 別に
空いた時間になにやってもいいですし
きちんと 勤労していれば それが1日5時間労働でも OKなわけですね
ただ 親となると 大変なんだろうな
親は常に子供を 看てないといけない
これは 自由が大幅に制約されそうです
あれれ
結論が 子供持ったら自由はなくなるってことになったざます!!!
困ったざます・・・
いや 違うざます!!!
昔の子供は 親の手伝いして大きくなったざます!!!
工藤公康さんだって 親の撒き広い手伝って大きくなったざます!!!
ってことで 大人は 自分のしたいことに 子供を付き合わせるのもひとつの手なんでしょうね
それによって 子供も 親の愛情を得ることが出来 おまけに 親から技術も得られる!!!
一石三鳥じゃないですか ざます