自分が劣等感を抱えていたから
普通じゃない存在に憧れ やステータスを感じて ロールモデルと仰いでいた
まるでずっと少年だったな
子供の頃は サザエさんなんて何が面白いのかなんておもってた
普通じゃない人は普通を愛せないのかもしれない
俺は普通じゃない 普通を嫌ってたとおもう
普通だと何も面白いことがないに違いないなんてどっかでおもってた
自分が普通以下だという劣等感がずっとあったから
普通の人を嫌っていた・・・ のかもしれない いや嫌っていたとはおもいたくない
いい人多かったし
ただ 普通の人を 乗り越えるぐらいの勢いじゃないと 弱い自分はきっと
どこかで 息絶えるだろう 人生の途中でうずくまるだろうと おびえていたのだろう
うずくまって 見上げても みんな 自分のマラソンに必死で
うずくまってるひとに 目を止めてくれやしないだろうなんておもってたかもね
ちょうど 中国のあれみたいなもんだ 子供が行き倒れてて 誰もが素通りしてたなんて
ニュースがあったよね 誰も助けない 見て見ぬふり
自分もあの行き倒れになりやしないかという不安がずっと 深層心理にあったのかもね
その 根底にある劣等感 それが自然に芽生えた物なのか 人に植え付けられたものなのか
そんなのは考えるだけしんどいからもういい
普通を目指すということを 今延々と 考え続けている
普通の人を愛したいし 普通のことで どーでもいいようなことで笑いたいし
まーた韓国が まーた中国が
と ネットとかでいきり立っている人が普通だとは思わない
あれは普通じゃない
でもね でもね
今まで普通を完全否定してきたわけじゃないんだよね
たとえば 口にしたこと や いろいろ文章にした気持ちは真実偽り無いものだし
別に 完全に裏表ある 二枚舌人間だったわけでも 天邪鬼だったわけでもないんだよね
自分でも気づいていないぐらいの深層心理に 普通を愛せない変な縛りがあったということなんだ
人生は成功しなきゃとか 何かをなさなきゃとか
変な縛り
それが必要ないんだ もういらない さよなら